米国立公文書館で収集した資料を見せる仲本和彦さん。大量の資料の中には、沖縄返還交渉時の密約文書もあったという=沖縄県南風原町、同県公文書館
米国立公文書館で収集した資料を見せる仲本和彦さん。大量の資料の中には、沖縄返還交渉時の密約文書もあったという=沖縄県南風原町、同県公文書館

 重要な公文書を国立公文書館に移管すると定めた公文書管理法。その制定に道筋を付けた福田康夫元首相は、日本の資料を、ワシントンにある米国立公文書館で探した経験があるという。わずか30分で資料は提供され、他国の文書さえ収集する米国の姿勢に圧倒された。「ちっぽけ」な日本の国立公文書館に問題意識を抱いたのが原点にあると、2018年に日本記者クラブの研究会で語った。事件記録の廃棄問題を受け、最高裁は5月、同館への記録移管を検討するとした。だが司法文書の保存で、日本は依然、米国に大きな後れを取っている。

埋め合わせ

 「沖縄は、歴史的な『事実』を戦争で相当失った」。沖縄県公文書館の公文書専門員、仲本和彦さん(58)は語った。事件記録が失われる意味を探るため、沖縄を訪ねた。

 仲本さんは、1997年から06年までの約9年間、米国駐在員として米国立公文書館で調査と収集に携わった。沖縄戦や戦後の沖縄に対する米国統治を検証するため、記録を探し続けた。

 米国で確認された沖縄関係史料のうち、仲本さんは、文書約400万ページ、写真約2万2千枚、航空写真約3千枚、動画約200本などを入手した。日本軍は当時の動画や写真を残しておらず、現在見られるのは、ほぼ全て米国由来という。「沖縄戦で失った記録をアメリカから取り寄せて埋め合わせたが、沖縄が元々持っていたものはなくなり、復元できない」。喪失の重みを仲本さんはそう表現した。

強大な権限

 米国立公文書館と言っても、全米43施設の総称であり、東京本館とつくば分館の2施設しかない日本の国立公文書館とは規模が違う。では、日本で廃棄問題があらわになった司法文書は、米国でどのような扱いになっているのか。

 公文書管理が専門の創価大学講師坂口貴弘さん(43)は、「米国では地方裁判所の事件記録(ケースファイル)は、基本的に永久保存だ」と話す。米国の事件記録は原則、終結後5年以内に公文書館が運営する連邦記録センターに移管。保存期間は、同館が裁判所や研究者と協議して決め、同館長と連邦裁判所の組織である「合衆国司法会議」が承認する仕組みだという。しかも、文書は原則全て一般公開される。

 日本と違い、公文書館が強大な権限を持ち、文書保存を決めていく米国。坂口さんは「多民族国家で訴訟社会であることもあり、記録を基にコミュニケーションを取る文化が背景にある」と指摘する。

将来の国民

 今年2月、記録保存の在り方を検証していた最高裁有識者委員会の意見聴取。出席した高埜利彦・学習院大名誉教授(75)は「裁判記録を国民のために、後世に向けて主体的に保存しようとする姿勢が見られない」と訴えた。それを受け止め、最高裁は5月に公表した調査報告書で、数々の保存制度の見直しとともに、職責に応じた職員研修も行う方針を示した。

 記録が、将来の国民への説明責任も担うという意義が、裁判所内で理解されていなかった。高埜名誉教授は「自分たち(公文書の専門家)の責任を感じた」とも話し、保存対象を評価し選別するには、100年先へと継承する視点が不可欠と語気を強める。

 「国全体の問題として議論しなければならない段階にきている」。米国に水をあけられた公文書の保存が、今後どこまで進むか。日本として「歴史」を残せるのか。それは社会の意識にもかかっている。(霍見真一郎)

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