砂浜に突き刺さった柱が海水に洗われる。さびや付着物で覆われ、等間隔でずっと向こうまで並ぶ。これは、かつて繁栄した海底都市の遺跡-ではないが、鋼材のようである。
神戸市須磨区の海岸線。護岸壁と消波ブロックの間にそれはある。鳥瞰図絵師として知られ、土木構造物にも詳しい青山大介さん(50)=同市西区=は、国鉄(現JR)の複々線化に由来があるとみている。
大量輸送時代を迎えていた1965(昭和40)年、鷹取-西明石間の線路は4本に倍増。鉢伏山と海に挟まれ、山陽電鉄や国道2号も並行して走る、狭小な須磨-塩屋間は海側に拡幅されたという。
この際に築かれた土留めの支柱として、鉄道のレールが用いられたらしい。「人が使うエリアでもないので、そのままにしたのでしょう」と青山さん。約1メートル間隔に168本(一部木製)が残る海のレールは、昭和の産業遺産なのかもしれない。(吉田敦史)
























