武者小路実篤(左)と若かりし頃の松本広吉の写真=神戸市北区山田町小部
武者小路実篤(左)と若かりし頃の松本広吉の写真=神戸市北区山田町小部

 大正時代に作家武者小路実篤(1885~1976年)が理想社会の実現を目指して宮崎県などに建設した「新しき村」の支部が、かつて神戸にあった。市民の有志で立ち上げ、北区の山地を開墾して支村を開いたほか、支部の歌をつくったり、展示会を開いたりと熱心な活動を展開した。歴史に埋もれた記録をたどろう。(池田大介)

 新しき村は1918(大正7)年、実篤らが宮崎県木城町に築いた理想郷。人類愛や人道主義の実現を唱えた農村共同体で、全国の会員が運営を支えた。50人以上の村人が暮らしたが、39(昭和14)年のダム建設に伴い、埼玉県毛呂山町に開いた新村へ移転。今も現地で数人が暮らす。

 ただ、神戸に支部や支村があったことはあまり知られていない。今春リニューアルした兵庫区の「戦災記念資料室」に、神戸空襲で焼け焦げた書籍が展示され、持ち主(故人)を伝える新聞記事が添えられる。記事に、こんな一文がある。

 彼は「神戸『新しき村』の創設者」であると。調べると、村の関係者や郷土史家が記した文献に断片的な記録が残っていた。

■創始者は直木憲一