J1神戸の30周年慈善試合のトークショーで登壇した(左から)永島優美さん、スチュアート・バクスター氏、永島昭浩さん、大久保嘉人さん、佐々木大樹、安田大サーカス団長、モーヴィ=神戸市兵庫区、ノエビアスタジアム神戸
J1神戸の30周年慈善試合のトークショーで登壇した(左から)永島優美さん、スチュアート・バクスター氏、永島昭浩さん、大久保嘉人さん、佐々木大樹、安田大サーカス団長、モーヴィ=神戸市兵庫区、ノエビアスタジアム神戸

 Jリーグ1部(J1)のヴィッセル神戸は2日、クラブ創設30年を記念したOBによる慈善試合を前に、「ミスター神戸」の永島昭浩さん、初代監督のスチュアート・バクスター氏らによるトークショーを開いた。発足後の初練習予定日に発生した1995年1月17日の阪神・淡路大震災から、街の復興とともに歩んだ道のりを振り返った。

■初代監督のバクスター氏や団長安田さんも登壇

 日本フットボールリーグ(JFL)時代の95年から3季率いたバクスター氏は震災を受け、「どんな形でも神戸で何かをしたい」と決意。95年途中に清水エスパルスから移籍した永島さんは「神戸の力になりたかった」と言う。震災後に故郷神戸に戻った光景を思い出すと、しばらく声を詰まらせた。「寒い中でみんなが力を合わせて生き抜くエネルギーを目の当たりにした」と涙ながらに語った。

 自身も被災し、神戸の応援団でリーダー役を務めたお笑いトリオ「安田大サーカス」団長の安田裕己さんも登壇。永島さんの加入に「さあこっからという気持ちになり、勇気をもらった」。永島さんらの活躍で翌96年にJFLで2位となり、Jリーグに昇格。バクスター氏は「今までやってきた仕事の中で一番困難だった」と振り返った。

 後半は、神戸のエースナンバー「13」について、永島さんのほか、J1通算最多191得点を挙げた大久保嘉人さん、今季から背負う佐々木大樹が登壇。永島さんは、元西ドイツ代表で背番号13だった伝説のFWゲルト・ミュラーさんが由来だったと説明。大久保さんは神戸加入時につけ、次第に愛着が湧いたという。

 「僕もいつかトップチームでつけたいと思っていた」と言う佐々木に、永島さんから「ぜひ日の丸をつけて世界一に貢献してほしい」とエール。大久保さんからは「チームを勝たせられる選手になってきた」とした上でシュートを課題に挙げられ、佐々木は「もっとやろうと思った」と、2人の先輩から刺激を受けた様子だった。

 司会は永島さんの長女でフリーアナウンサーの永島優美さん(神戸市出身)が務め、親子で軽妙に掛け合う場面も。小学生の頃に父の引退試合を観戦し、サポーターが「神戸のためにありがとう」と涙ながらにプラカードを掲げる姿に、胸が熱くなったとの思い出も披露した。(井川朋宏)