(左から)講演した廣江研さんと、植村直己さんの妻公子さん、平田オリザさん=江原河畔劇場
(左から)講演した廣江研さんと、植村直己さんの妻公子さん、平田オリザさん=江原河畔劇場

 豊岡市日高町出身の冒険家、植村直己さんが消息を絶って今年で40年。「粘り強くコツコツと、まじめで絶対に諦めることを知らない」。かつて植村さんが在籍した明治大学山岳部で同期だった廣江研さん(83)=鳥取県米子市=が、思い出や人柄を語った。世界に名が知れ渡る前から見てきた仲間の目にはどう見えていたのだろうか。(丸山桃奈)

「表向きはニコニコ、芯は強く」/「友人として誇りであり、財産」

 豊岡市日高町の江原河畔劇場で6月29日、「『語り』と『手紙』で綴(つづ)る植村直己が残したもの」と題して講演会が開かれた。植村直己冒険館の運営会社が主催し、約130人が参加。会場には植村さんの妻公子さん(87)も東京から駆け付けた。イベントでは、愛妻に宛てた手紙の朗読や、芸術文化観光専門職大学(同市山王町)の平田オリザ学長の講演もあった。

 植村さんは高校を卒業後、1年間勤務した運送会社を経て明治大へ。廣江さんもたまたま1年遅れで入学し、2人は山岳部に入った。当時は約30人いた新入部員も卒業までに多くが退部し、同期で残ったのは4人。そのうちの2人だった。