サッカーのワールドカップ(W杯)北中米3カ国大会の担当審判員に選ばれた三原純副審は中学まで野球少年だった。高校生のときに日本がW杯に初出場した1998年フランス大会を見て、サッカーのとりこに。大会中の6月16日に45歳となり「年齢的に次はほぼチャンスがない。荒木(友輔主審)を支える副審として一緒にピッチに立つ」と目標を掲げる。
98年W杯の熱気やサッカーの面白さに引かれ「ルールを知りたい」と、本屋で競技規則を買った。大学のサークルで球を蹴ると「全然違う方向に飛んでストレスがたまる一方」だったが、審判の立場なら「楽しかった。これだったらサッカーに関われる」と、試合をさばく側に回った。
試合中には解釈の分かれる事象が多い。「何が最適解だろうと追求して続けているうちに、こういうこと(W杯の担当審判員)になってしまった」と冗談ぽく言う。正確にルールを把握し「正しい答えを導き出せるように言葉で伝える」ことで主審を支えている。
現在は松江市役所スポーツ振興課に勤めながら国際審判員の活動を両立する。























