松山市出身の俳人正岡子規をたたえ、研究する「松山子規会」の例会が、6月に千回の節目を迎えた。1943年、没後40年が経過し、忘れ去られようとしていた功績を後世に継承しようと親友の俳人柳原極堂らが立ち上げた。戦災や新型コロナウイルス禍をくぐり抜けて回を重ね、研究成果を会誌にまとめてきた。

 6月27日、松山市立子規記念博物館で開かれた第千回の例会には約70人が集まった。講演した俳人神野紗希さん(43)は、有名な「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」を取り上げ「これまでの詩歌では見過ごされていた『柿』を肯定し、俳句らしさを見いだして詠んだと思われる」と説明した。

 ほぼ月1回開く同会は、発足当初は子規を知る文化人らが思い出を語り合うような場だった。松山が米軍の空襲に遭った翌月の45年8月は休会し、その後すぐに再開。会長の佐伯健さん(75)は「喪失感のある中、子規の作品や言葉が会員の精神的な支えになっていた」と推測する。

 誰でも入会でき、今年3月末の会員は135人。子規を愛する人たちがあらゆる角度から研究している。