沖縄県はきょう、本土復帰から52年を迎える。戦後の1952年、サンフランシスコ平和条約の発効で日本は主権を回復した。沖縄はそこから20年間、米政府機関「琉球列島米国民政府(USCAR)」による米軍施政権下に置かれ続けた。自治組織である「琉球政府」が設けられたものの、自治権は制限された。

 平和憲法の下での「基地のない平和の島」を念願し、72年に復帰を果たして半世紀以上が過ぎた。ところが沖縄には、今も在日米軍専用施設面積の7割が集中し、「基地の島」であり続けている。米軍による事故や事件、環境汚染に苦しむ実態を一刻も早く改善する必要がある。

 住民に大きな負担を強いている基地の一つが、住宅地に囲まれた米海兵隊普天間飛行場(宜野湾市)だ。危険性の除去に向け、政府は同飛行場の名護市辺野古への移設が「唯一の解決策」とする。沖縄県は民意を受けて移設に反対している。

 軟弱地盤のある辺野古東側海域の埋め立て工事について、県は「完成の見通しが立たない」として地盤改良の設計変更を承認しなかった。これに対し、政府は昨年末に承認する代執行に踏み切った。玉城デニー知事が「県の自主性や自立性を侵害する」と反発するのも無理はない。

 地方自治が否定されるのなら、復帰以前の米軍統治時代と変わらないではないか。政府は埋め立て工事を強行せず、県側と普天間問題解決への話し合いを深めてもらいたい。

 普天間には、昨年11月に鹿児島県・屋久島沖で墜落した輸送機オスプレイの同系機種が配備されている。事故後、米軍は一時全ての同機を飛行停止にしたが、事故原因を説明しないまま飛行を再開した。周辺住民の不安は解消していない。

 看過できないのは、米軍の特権的な地位を定めた日米地位協定に基づき、海上保安庁などが回収した事故機の残骸が米側に引き渡されてしまった点である。日本側の調査や捜査は事実上、不可能になった。協定はあまりにも不平等で、日本の主権を侵害していると言うほかない。

 地位協定は沖縄の住民生活にも影響を与えている。地下水などの高濃度汚染が問題視される有機フッ素化合物(PFAS)への対応では、米軍基地が汚染源である可能性があるのに、協定が壁になって行政の立ち入り調査さえできていない。

 1960年の発効から地位協定は全く改定されていない。米兵絡みの事件では、米軍側が容疑者の身柄引き渡しを拒否するなど、捜査の支障にもなってきた。協定は沖縄だけに適用されているものではない。政府は問題点を検証し、米国に対して強く見直しを求めるべきだ。