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 重い遺伝性の病気が子どもに伝わらないよう、体外受精した受精卵の遺伝子を調べる「着床前診断」が国内で広がりを見せている。対象の病気が発症しない受精卵を検査で選び子宮に移植する技術だが、「命の選別」や「差別の助長」につながりかねず倫理面での批判が根強い。審査の透明性の確保が欠かせない。

 日本産科婦人科学会(日産婦)は、2023年に計72件の申請を審査し、うち58件を承認したと発表した。件数の公表は初めてだ。22年4月に対象を拡大したため、年間の申請数はそれまでの約3倍に増えた。

 従来は成人までに亡くなったり、日常生活を著しく損なったりする「重篤」な病気を診断の対象にしていた。基準に「原則」の一語を加えて解釈の幅を広げ、対象を拡大した。23年は目のがん「網膜芽細胞腫」や免疫不全になる「細網異形成症」など、成人以降に発症したり、生命への影響は少ないが身体機能を失ったりする病気を含めた。

 日産婦の加藤聖子(きよこ)理事長は「定義に当てはまらなかった病気も、社会的背景などを加味した」と強調する。審査は症例ごとに一件一件進めるため、同じ病気でも結果が異なる場合がある。

 病気の「重い」「軽い」は患者の置かれた環境で異なり、家族らの助けがあれば社会生活を送れる人もいる。家族状況や遺伝子型などを勘案する審査は合理的だが、恣意(しい)的な運用を防ぐ線引きは容易ではない。

 日産婦は今回、プライバシーに配慮して判断理由などを公表しなかったが、それでは国民の理解を得るのは難しい。今後は遺伝子の分析技術がさらに向上し、申請される病気がますます増えることが予想される。無制限な適用拡大への懸念もあり、国が指針となる考え方を示し、議論を深めるべきだ。

 そもそも「命の選別」にもつながる重い役割を、民間団体の日産婦が担うのは限界がある。日本学術会議も一学会に委ねるべきではないと提言している。公的機関が主導したり、第三者が審査過程を検証したりする仕組みを検討する必要がある。

 日本では戦後、旧優生保護法(1948~96年)下で障害のある人への不妊手術が強制的に実施され、差別や偏見を助長してきた。着床前診断の対象になった病気への偏見が強まらないよう、官民が連携して情報発信に努め、制度への国民的な理解を深めてもらいたい。

 遺伝性の病気のある子を産み育てる決意をした保護者を手厚く支援する仕組みを整えることも大切だ。病気や障害は不幸な状態ではないとの認識を広げ、偏見や差別のない社会を構築しなければならない。