影響力のある政治家に対する選挙演説中の銃撃を「政治テロ」と断じ、極刑を望む声が関係者らには根強くある。検察側が死刑の求刑を回避したのは、事件の状況を冷静に検討し、政治的な動機は乏しいと結論付けたからだろう。
2022年7月に奈良市で参院選の応援演説中に安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の裁判員裁判が奈良地裁で開かれ、検察側は無期懲役を求刑した。
最高裁が1983年に示した「永山基準」では、殺害された犠牲者が複数でなければ死刑は回避するのが通例とされる。一方、2007年の長崎市長射殺事件の一審のように選挙中の銃撃を政治テロと認定し、死刑を言い渡した例もある。
山上被告の家庭は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への母親の入信と高額寄付で崩壊した。15年に兄が自殺したことで教団幹部への報復を決意したが襲撃の機会を見いだせず、安倍氏が教団と関係が深いと考え対象を変更したとされる。
山上被告は公判で元首相銃撃を「本筋ではない」と述べたことなどから、検察側は選挙妨害や民主主義の否定の意図は薄いと判断したとみられる。事件は選挙運動に大きな影響を与えており、手ぬるいとの批判も出るだろうが、司法は政治的な思惑に左右されるべきではない。
一方、検察側は犯行の悪質性を厳しく指弾した。
山上被告が使用した手製銃は殺傷能力が極めて高かったとされる。周囲には数百人の聴衆らがおり「多くの人が殺傷されてもおかしくない」とし、高い計画性や強い殺意もあったと主張した。
来年1月21日に言い渡される判決は、山上被告の生い立ちが犯行に及ぼした影響が焦点になる。
検察側は成育環境に同情すべき点はあるとしつつ「過度に考慮されるべきではない」とした。襲撃対象を変更した点も「短絡的で人命軽視は甚だしい」と述べた。
弁護側は被告の生い立ちは犯行動機と直結しているとする。安倍氏と教団との親和性を強調し「最も重くても懲役20年までにとどめるべきだ」と訴えた。
裁判員には証拠を基にした公正な判断を求めたい。
山上被告は公判の終盤、初めて遺族らに謝罪し「私も肉親が亡くなるのは経験した。弁解の余地はない」と述べた。
山上被告の兄の死も安倍元首相の死も、旧統一教会の問題に対する政治の不作為が遠因となったことを、社会全体が教訓として胸に刻まなければならない。
























