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 日米両政府は1996年4月、世界一危険とされる米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の返還に合意した。当初は5~7年で実現する予定だった。合意から今年で30年の節目となるが、いまだに返還は実行されていない。日本政府は99年に同飛行場の名護市辺野古への移設を閣議決定した。しかし埋め立て海域で軟弱地盤が見つかるなどの問題が重なり、返還は早くても2030年代半ば以降になる見通しとなっている。

 「辺野古移設が唯一の解決策」とする国に対し、沖縄県は過重な基地負担や難工事であることなどを理由に、移設反対の姿勢を貫く。司法の場でも国と県が対立する異例の経過をたどっている。外交や安全保障に関わり、沖縄だけでなく国政の場で議論するべき問題だ。衆院選でも争点の一つであってよいはずだが、残念ながら本土ではその訴えはほとんど聞こえてこない。

 地元の名護市では1月に市長選があり、辺野古移設を推進する高市政権の支援を受けた現職が3選を果たした。ただ、共同通信の出口調査では、移設を容認しないとする回答者が過半数を占めた。市長選では経済振興などに関心が集まっていた。移設に関する民意は複雑であり、首長選の結果だけでみるのは難しい。

 衆院選の公約で、自民党は改めて「辺野古移設を着実に進め、自治体への重点的な基地周辺対策を実施する」とした。日本維新の会は「(日米が)合意可能な基地負担軽減プラン」を示すとするが、移設問題には言及していない。共産党、れいわ新選組、社民党は反対を訴える。

 移設に反対だった立憲民主党と容認する公明党が結成した中道改革連合は、方針が定まっていない。綱領の発表で「政権を担うことになれば(工事を)ストップすることは現実的ではない」との発言があり、立民沖縄県連の抗議を受けた。その後、「整理はまだできていない」と軌道修正した。公明も沖縄県本部は移設反対で党本部と見解がねじれる。

 中道の野田佳彦共同代表は「選挙後、早急に結論を出したい」と述べるが、野党第1党がこれでは移設の是非が争点になるはずもない。立ち位置を明確に示してもらいたい。

 国民民主党は、埋め立ての期間や費用が増大することから、普天間の代替機能を果たせるのか「日米間で十分に協議する」と主張する。

 沖縄県は基地の整理・縮小とともに、日米地位協定の見直しも強く求めてきた。米軍の特権的地位に関わる日本全体の問題だが、これも衆院選の主な争点にはなっていない。60年以上続いてきた不平等な協定をどうするのか、選挙後の国会で議論を深める必要がある。