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 ミラノ・コルティナ冬季五輪のフィギュアスケート・ペアで、三浦璃来(りく)選手=宝塚市出身、木原龍一選手が、同種目で日本勢初の金メダルを獲得した。フィギュアで五輪の頂点をつかんだのは、2006年トリノ大会の荒川静香選手、14年ソチ、18年平昌(ピョンチャン)大会の羽生結弦選手に続く快挙だ。ショートプログラム(SP)では5位と出遅れたものの、フリーで世界歴代最高の158・13点を出した。「りくりゅう」の愛称で知られる2人に大きな拍手を送りたい。

 三浦、木原組はフィギュア団体でもSP、フリーともに1位となり、2大会連続の団体銀メダル獲得に貢献した。表彰台が有力視されていたとはいえ、大舞台で実力を出し切った結果は称賛に値する。

 ただ、ペアのSPではまさかのミスが出た。木原選手が三浦選手を持ち上げ、片手で支える得意のリフトでバランスが崩れた。首位のドイツペアと6・90点の大きな差がつき、木原選手が「もう終わった」と絶望するほどの窮地に立たされた。

 しかしフリーでは一転、完成度の高い滑りを見せた。映画「グラディエーター」の音楽に乗り、リフトもジャンプも呼吸を合わせて完璧に決め、会心の演技を繰り広げた。逆境をはねのけ、大逆転で五輪を制した精神力に驚嘆する。

 ペアに日本が初出場したのは1972年の札幌五輪だった。その後、低迷し続けた成績の壁を打ち破ったのが三浦、木原組だった。2019年、新パートナーを探す練習会で、引退を考えていた木原選手が三浦選手を投げ上げたとき「雷が落ちたような感覚」を得て、ペアを組んだ。運命的な出会いだったのだろう。

 2人は22年の北京冬季五輪7位入賞を経て、23年と25年の世界選手権制覇など世界トップの成績を積み上げてきた。だが容易な道のりだったわけではない。三浦選手は力強さを求めて脚力や体幹を強化した。木原選手も筋力トレーニングを重ね、体重を10キロ以上増やした。

 けがも乗り越えた。木原選手は腰椎分離症に苦しみ、三浦選手にも肩の脱臼などがあった。その脱臼は昨年12月の全日本選手権でも起きていたが、五輪本番に間に合わせた。

 フィギュアの日本選手で最多4度目の五輪出場となる33歳の木原選手は今回、日本チーム全体の精神的な支柱となった。一方で三浦選手も、SP後に落ち込む9歳年上の木原選手に「絶対できる」と声をかけ、金メダルを手繰り寄せた。2人を含めたチームの結束は見事だ。

 今大会の女子では、神戸市出身の坂本花織選手が2大会連続のメダルを目指す。りくりゅうペアのように実力を存分に発揮してほしい。