「小澤征爾はおちょぼ口。口の前でストロー吸ってるみたいでしょ。だから前ストロー、マエストロ」
指揮者形態模写芸人の好田タクト(56)、定番のネタである。悪意はない。むしろ音楽愛がなければ、業界屈指の業者による高級カツラはかぶらないし、気付かれないのに指揮棒を長短2本使い分けないだろう。
1962年、明石で八百屋を営む両親のもとに長男・誠一として生まれた。小学生の時に「ペルシャの市場にて」を聴き、クラシック音楽のとりこに。気付けば箸でヘルベルト・フォン・カラヤンをまねていた。
大蔵中学校では野球にも励んだが、明石南高校で決別した。「兵庫は強い私学だらけ。甲子園に行けるわけないやん」。その分、音楽への渇望が増し、グラブをチューバに持ち替えた。
腕前は、吹奏楽部の1年先輩、藤原伸介(57)=明石市=の「そりゃ基礎練習全然せーへんもん」との証言がすべてだ。だが、藤原は音楽の歴史や音楽家の人生などに関する知識が半端でなかった、とフォローする。指揮まねも変わらず続け、周囲を笑わせた。すべてが音楽活動だった。
さて。高校2年の夏、吹奏楽部に見せ場が来た。明石南高が甲子園初出場を果たしたのである。アルプススタンドで張り切る部員たちを尻目に、タクトはつぶやかずにいられなかった。「甲子園、行けるんかいな!」=敬称略=