先日たまたま、『AIによる自動音声ニュース』が百日咳をセキと喋(しゃべ)っているのを聞いた。ゼキと濁れば一つの病名、しかしセキと発音されると、大袈裟に言えば二つの名詞になってしまう。AIめ、勉強が足りぬぞと思ったが、そういえばこの頃は若い世代が三分、四分もサンフン、ヨンフンというのをしばしば聞く。息漏れしているようだと思うのは私だけかもしれないが、音便という言葉の文化は廃れていくのだろうか。無論言語は変化していくものだが、読み方で意味が違ってしまっては困る時もある。時間の一分と『一分の隙もない』の区別もなくなり、『一寸の虫』(チョットではない)の魂は五分(ゴブならぬゴフン)しかもたぬか…結局語彙が少なくなっていくような気がする。