
「一歩」もそれぞれ(撮影・鈴木雅之)
岸田衿子さんの詩集に『いそがなくてもいいんだよ』という一冊がある。本のタイトルにもなっている言葉は、その中の詩の一つ「南の絵本」に出てくるフレーズだ。「いそがなくたっていいんだよ」ではじまるこの短い詩は、「ゆっくり歩いて行けば 明日には間に合わなくても 来世の村に辿りつくだろう」と謳(うた)い、「いそがなくてもいいんだよ 種をまく人のあるく速度で あるいてゆけばいい」と終わる。読んだ人の心から焦りを取り除く、とても優しい、穏やかな気分になる詩だ。
この詩に出会ったのはおそらく10代の頃だった。それからの何十年間、私の頭の中で、「いそがなくてもいいんだよ」という言葉は何度も、何度も鳴り響いてきた。仕事をがんばりすぎそうになる時、自分がやっていることはこれでいいのだろうかと確信が持てない時、この言葉を思い出すと、力が抜ける。
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