■いつか終わる 家族との時間
「人って出会いがあって、別れがあって。僕の経験ですけど、『先に死んだ方が楽やなあ』って思ったりしてね。残された者はずっと生きますから」
私たちは西宮市内の喫茶店で、吉田利康さん(71)と恵子さん(57)の話を聞いている。利康さんの言葉に恵子さんがうなずく。夫妻は「命」をテーマにした絵本をいくつも発表している。文章は利康さん、絵と構成はグラフィックデザイナーの恵子さんが担当する。
2人は再婚で、利康さんは21年前に前妻と、恵子さんは17年前に前夫と死別している。
「生まれること、愛すること、生きること、それぞれ大事。でも、いつか終わるということを意識しておかないと。命って、そんなもんじゃないかなあ」と利康さん。
医療者の視点ではなく、患者や家族の目線で「命」の話を伝えたい-。2人で考えた末にたどり着いたのが物語であり、絵本だったという。
初めて出版した絵本は「いびらのすむ家」。利康さんのみとりの体験を基に、亡くなった前妻の章江さんと家族の物語がつづられる。タイトルには「いびき」も「おなら」もできる場所、との思いを込めた。まずは利康さんの話をしたい。
◇ ◇
章江さんが急性骨髄性白血病と診断されたのは、1997年秋のこと。当時49歳で、看護師として大阪の診療所に勤めていた。息子2人は大学生と中学生だった。
息子たちにどう伝えようか。利康さんはまず次男を自宅近くの食堂に誘う。好物のカツ丼をかき込む次男に「お母さんな、死ぬかも分かれへん病気なんや」と切り出す。
「でも治療したら治るんやろ?」。「先生は『最善を尽くす』って言ってた」。会話はそこで終わる。
同じ日の夜、長男にも「お母さん、白血病なんや」と伝える。長男はぽろぽろと涙を流していた。
大学病院に入院した章江さんは、抗がん剤の影響で髪が抜け、足がひどくむくんだ。「入院が長引くと、見舞いに行くのが怖くなってしまって。『昨日より悪くなってたらどうしよう…』って思うんです」と利康さん。
長男と次男も、母親の弱っていく姿を目にするのが怖かったのか、病院に行くことが減っていったそうだ。
◇ ◇
「この絵、微妙に2人の間が空いているでしょ」。章江さんとの日々を振り返りながら、利康さんが絵本「いびらのすむ家」のページをめくる。病室のベッドに座る夫婦が、夕暮れの大阪湾を眺めている光景が描かれている。確かに2人の間に少し距離がある。医師に「これ以上、打つ手はありません」と告げられた頃だという。
「この時期は見舞いに行っても10分、20分したら『早く帰って、子どもらにご飯、作ったって』とか言われて…。とにかく一人になりたがってましたね」
1カ月ほどたつと、章江さんに笑顔が増えてくる。何かのきっかけで心境に変化があったのだろうか。利康さんが「これからどうしたらええんやろか…」と弱音を吐くと、ワイシャツの袖をぎゅっとつかんで励ましてくれた。
何度かそんなことがあったある日、章江さんは遠慮がちに「お父さん、話があるんやけど…」と切り出す。「家に帰ってもいいやろか?」
利康さんは即答する。「帰っといで!」
99年5月14日、章江さんが住み慣れたわが家に戻ってくる。家の中が一気に明るくなる。ここは「いびき」も「おなら」もできる場所だ。
章江さんの最期の日々が始まった。家族とともに。
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