「死に別れてすぐの頃は、『自分は正しかった』と言い聞かせていました。自分を肯定しないと立っていられなかった」。21年前に前妻の章江さんを亡くした吉田利康さん(71)は言う。
「悲しみって、時間とともに変化するんですよ。僕が嫁さんに一生懸命にしていたことも、逆に苦しみを長引かせたんじゃないだろうか。そう思うこともありました」
◇ ◇
章江さんが逝き、利康さんと2人の息子との暮らしが始まる。家の中は静まり返っていた。そんな生活が半年ほど続いた冬の日、利康さんはペットショップで痩せたシェットランドシープドッグを見つける。店員に聞くと、一緒に入ってきたきょうだいが先に売れてしまい、餌を食べなくなったらしい。
「孤独になって、めし食われへんって、俺と一緒やなあ。そう思って飼うことにしました」
大学生の長男がアキと名付ける。「章江のアキです。『そんなん、お母さんの名前やで。しつけられへんわ!』って言ったりしてね」
家の中が少し明るくなる。しかし1年ほどで、また会話がなくなってしまった。
同じ頃、利康さんは家にあった青いかばんを開ける。章江さんが入院中に使っていたかばんだ。ずっと触ることもできなかった。
「あるのは分かってたんですけど、開けられない。過去に触れたくないという怖さですよね。なのにその時は、ちょっと開けてみようか…と思って」。中には歯ブラシやタオル、手帳、血液検査の結果などが入っていた。
利康さんの話に耳を傾けながら、私たちは章江さんの死後、行きつ戻りつしてきた心模様に触れた気がしていた。自身を肯定したり、否定したり。前を向いたかと思えば、喪失感にさいなまれる。そんな日々の積み重ねが続いていたと思わされた。
◇ ◇
利康さんの話を聞いた私たちは現在、広島市で暮らす長男の順さん(42)に会うことにした。新しい年を迎え、兵庫に帰省していた順さんに、まず章江さんの病気が分かった頃のことを聞いてみる。すると順さんは困った顔でこう言った。
「何も覚えてないんです」
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