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第5部 三歩進んで、二歩下がり

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(絵本「ベッドからの手紙」より)
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(絵本「ベッドからの手紙」より)

(絵本「ベッドからの手紙」より)

(絵本「ベッドからの手紙」より)

 西宮市の吉田恵子さん(57)の前夫、堤則夫さんは食道がんを患い、病院のホスピスで命を終えようとしていた。

 2003年11月1日。ホスピスに入って数日がたっている。則夫さんが「みんなを呼んでほしい」と恵子さんに頼む。自分でも電話をかけて、翌2日、朝から趣味の登山仲間や職場の人たちがたくさんやって来る。

 友人たちが帰り、則夫さんと恵子さんの2人きりになる。「恵子、今までありがとうございました」。則夫さんらしい丁寧な口調だった。

 目の端に、ベッドに正座する則夫さんが入る。恵子さんは直視できない。「何、言ってんの」と返すのが精いっぱいだった。

     ◇     ◇

 その日の夕刻、則夫さんの容体が急変し、激しい痛みを訴えて「助けてくれー」と大声で叫び始めた。恵子さんら家族に看護師が「痛みを取るのは難しい。でも眠らせる薬があります」と伝える。

 病院の説明では「眠ったままになるかもしれないし、起きるかもしれない。このまま亡くなる可能性もある」とのことだった。「則さん、どうする?」。恵子さんが聞き、則夫さんが「お願いします」と言う。そして、薬を使って意識を落とす「セデーション」(鎮静)が施される。

 深夜、呼吸がおかしくなる。口を開け、繰り返し大きく吸う。舌が内側に入って紫色になっている。3日未明、則夫さんは息を引き取った。

     ◇     ◇

 恵子さんは20代の頃、母を亡くしている。

 「母が亡くなったときは、『あーしてあげれば、こーしとけば良かった』と思ったり、私はどうやって生きていこうかと考えたりしたんですけど…。夫のときは何だろう、自分が消えてなくなりたいって思いましたね」

 そう言って、ゆっくりと則夫さんを亡くした頃の感情について話し始める。

 一緒に行った近所の豆腐屋やスーパーに入れない。仲の良さそうな夫婦を見ると、自然と涙がこぼれる。「『自分にはもう夫はいないんだな』と思うと、駄目でした」。人混みで則夫さんの姿を探す。よく似た人の後を追いかけたこともある。

 「亡くなって3カ月ぐらいは、どうにもならなかった。居場所がなかったんです」

2020/2/7

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