東日本大震災の津波で2歳の長男虎徹君を亡くした佐々木由香さん(38)は翌年、長女を出産する。娘の存在は、落ち込んだ心を癒やしてくれる気がした。「授かった命をこれ以上失いたくない」と思えるようにもなった。
◇ ◇
だが、半年ほどして子育てが落ち着いてくると、虎徹君と娘への罪悪感が出てくる。
「守ってあげられず、自分だけ助かってしまった」
「息子と比べてしまい、ちゃんと愛してあげられない」
自分を責め、部屋で1人になると手首に刃を当て、リストカットをするようになる。薬を大量に飲み、意識を失ったこともあった。
「息子の声が聞こえるんです。泣きじゃくって、『ママ怖い』って言う最後の声が」。佐々木さんが声を落とす。「私は早く逃げずに息子を殺した、だから生きて幸せになる資格はないって考えてね。死にたかった」
そう言って、佐々木さんがパーカの袖をめくり、私たちに両腕を見せる。手首から肘の間に細い傷痕が数えられないほど残っている。
◇ ◇
佐々木さんは精神科の病院に入院する。長女が1歳になる頃に離婚し、娘は夫が育てることになった。
病院を退院すると、幼なじみの女性が心配して連絡をくれた。宮城県栗原市の通大寺住職、金田諦應(たいおう)さん(63)の名前を出し「会ってみればどうかな」と言われる。
金田さんは大震災の後、宗教者が宗派の違いを超え、被災者の悩みに耳を傾ける移動喫茶「カフェ・デ・モンク」の活動を手掛けていた。
佐々木さんが仮設住宅の集会所で金田さんに会うと、こう尋ねられる。
「息子さん、どんなところにいると思う?」
佐々木さんがしばらく黙って、答える。
「私のことを怒らず、暖かなところにいてほしい」
すると、金田さんが柔らかな笑顔で言った。
「大丈夫、きっといるよ」
たったそれだけのやりとりなのに、佐々木さんの気持ちは軽くなった。その後も、移動喫茶や金田さんの寺に何度か通った。「話を聞いてもらううちに、罪悪感が薄まりました。自分がいる暗い場所から、虎徹がいる明るい場所へつながる光が見え、大きくなっていく気がしました」
佐々木さんを支えた男性はもう一人いる。
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