大切な人と死別した後、人はどう生きるのだろう。そもそも、時間は悲しみを和らげてくれるのだろうか。残された遺族の心模様は家族の中でもさまざまだ。私たちは、最愛の人を失った後の暮らしをできるだけ丁寧に聞かせてもらおう、と取材を始めた。
最初に出会ったのは、「命」をテーマにした絵本を発表している西宮市の吉田利康さん(71)と恵子さん(57)夫婦だ。2人とも前の伴侶と死別し、15年前に再婚した。
「悲しみって、時間とともに変化するんですよ」。そう教えてくれたのは利康さん。恵子さんは「悲しみとかどろどろしたものが溶けて、自分の体に染みこんだみたいになるんです。今の私をつくってくれた」と言った。長い歳月をかけ、亡き人と向き合う姿が印象的だった。
次に話を聞いたのは、父親の臓器提供を選択した大阪市の福岡紗妃(さき)さん(29)だ。父の願いを尊重し、母や兄とともに臓器の提供を決断する。もちろん、そこに至るまでに家族それぞれに葛藤がある。
父の死後、福岡さんの心を溶かしたのは、父親から角膜の提供を受けた女性の報告書だった。「今年の桜がきれいに見えると喜んでおられます」。その一文に涙が止まらなくなる。ただ、母や兄の心は今も足踏みしている。家族の間でも、心の振れ幅や前を向けるきっかけは違うのだとあらためて思わされる。
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私たちは今回の連載のタイトルを「三歩進んで、二歩下がり」と決めた。東日本大震災で2歳の長男虎徹(こてつ)君を亡くした佐々木由香さん(38)が、この9年の日々を振り返って絞り出した言葉である。
激しい揺れに襲われた後、自宅にいた佐々木さんと虎徹君は津波にのまれた。佐々木さんは水の中から引き上げられたが、抱いていたはずの息子は腕の中にいない。1カ月半後に遺体で見つかる。
佐々木さんはわが子を救えなかったという罪悪感にさいなまれ、リストカットを繰り返す。何人かの人が寄り添ってくれるが、最も心を温めてくれたのは、やはり虎徹君だった。写真に残る笑顔を見ては「虎徹は笑ってるのに、泣いてたらだめだ」と少しずつ前を向くようになる。
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「見えないつながりを感じることが回復にもつながる」。淀川キリスト教病院の公認心理師、出崎躍(やく)さんの言葉に私たちはうなずいた。
悲しみの底でもがいていても、何かのきっかけでふと光が見える。そうかと思えば突然、罪悪感や孤独感に襲われる。心が折れる日もあるだろう。ただそうした日々を積み重ねることは、亡き人を思い、死者と対話することにほかならない。「心の中に生き続ける」とは、そういうことなのだと私たちは考えている。
(紺野大樹、中島摩子、田中宏樹)
=おわり=
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