「今年の桜がきれいに見えると喜んでおられます」。脳死となった父親から角膜を受けた女性の報告書には、そう記されていた。
「とてもうれしくて。父の目で誰かの生活が潤ってるんやって」。大阪市の福岡紗妃(さき)さん(29)はそう言って、ほおを緩める。
脳出血で倒れた父親の臓器提供について家族で話し合ったこと。福岡さんが1人で立ち会った脳死判定の検査。死亡の宣告と摘出手術。いろんな出来事があった。
日常に戻ってしばらくすると、父親のいない現実が胸に迫ってきた。「私は父の死や臓器を提供したことが、受け入れられてなかったのかもしれません」。そう振り返る福岡さんの目は、少し潤んでいるように見える。
「でも、報告書を読んで、すべてのことが心にストンと落ちたんです。父親は誰かの役に立ってるんやって思えました」
それから、何度か春が巡ってきた。毎年、通勤路にある小学校の桜が満開になる。その下にたたずむと、花が好きだった父親のことが思い出される。「父はもう桜を目にできないけれど、移植を受けた女性はこれからも見られるんやな。よかったなあ」。そんな温かい気持ちになれる。
◇ ◇
最後に福岡さんの母親や兄の心情に触れたい。
福岡さんは「兄は父が亡くなったことを、受け止めても受け入れてもないように思います」と言う。兄は当初、臓器の提供に後ろ向きだった。「父の名前を出すだけで嫌がることもあるし、思い出話ができるかどうかも日によりけりで。脳死とか臓器提供の話は口に出さないです」
母親は、父親が亡くなってからしばらくの間の記憶がほとんどないそうだ。今回、私たちは福岡さんを通して取材をお願いしたが、実現しなかった。「その時の気持ちを思い出すのもつらい」と話しているという。
家族の間でも、身近な人の死から回復する道のりや歩幅は異なる。当たり前のことと言われればその通りだが、私たちは福岡さんの話に触れ、大切なことに気付かされたと思っている。
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次回から物語の舞台は東北へ移る。私たちは東日本大震災で幼い息子を失った女性に出会った。
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