脳死と判定され、臓器の摘出手術を終えた父親の体は冷たくなっている。
エステティシャンとして働く大阪市の福岡紗妃(さき)さん(29)が最後の化粧を施す。
看護師の助言を受けながら顔にファンデーションを塗る。血色を良く見せようと口紅はつやのある桜色にした。ひげは兄がそった。
「美容の仕事をしてて良かったなと思いましたね」。福岡さんが明るい表情で言った。「家族で臓器提供をどうするか話し合ってからは、ドラマのような3日間でした。今でも1カ月ぐらいの長さだったように感じます」
◇ ◇
父親の葬儀が終わった後、母親は落ち込んで力が抜けたような状態が続いた。
「死にたい」と漏らす母親に、福岡さんが「私を残して死ねるなら、死んでみ!」と言い返したこともある。
四十九日法要が近づいた頃、福岡さんの心身にも変化が生じる。「何もやる気が出ない。朝起きても、仕事の準備をするのがしんどいんです。同僚に心配されました」
以前から母親と2人の生活だったこともあり、日常に戻ると、父親の死に現実感が湧かなかった。それが1週間、2週間と過ぎるうちに、じわじわと込み上げてくる。
「どこかで生きている気がするのに、部屋には小さな骨つぼがあって…」。話しながら、福岡さんが声を落とす。「言い方は悪いですが、ニュースで事件を起こした人を見て『なんでこの人は生きて、お父さんは亡くなるの』と思うようになっていました」
体が思うように動かず、時間通りに職場に行けなくなる。研修も休んだ。
4カ月ほどして、父親の誕生日が巡ってきた。「父はもう年齢を重ねないけれど、私はこの先も生きなあかんなあって。そんなことをぼんやりと考えていました」。少しずつ、少しずつ、前を向けるようになってきたかも-。
そんな福岡さんに、ある日、一枚の報告書が届く。
◇ ◇
報告書には、父親から角膜やほかの臓器の提供を受けた人の近況がつづられていた。角膜が移植された女性の報告には、こう記されていた。
「今年の桜が頂いた角膜できれいに見えるととても喜んでおられます」
その一文を目にした福岡さんは、涙が止まらなくなる。
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