コトバのチカラ
■「絶対にやられっぱなしでは終われない。きょうは絶対に引かない。何が何でもやってやる」
柔道男子66キロ級の阿部一二三(日体大、現パーク24、神港学園高出)は、崖っぷちに立たされていた。
2019年夏の世界選手権東京大会で宿敵の丸山城志郎(ミキハウス)に敗れ、世界王座を明け渡した。これで対丸山戦3連敗。各階級で1枚しかない東京五輪の日本代表切符獲得へ、黄信号がともった。
同年11月、グランドスラム大阪大会を迎えた。新世界王者の丸山に優勝を許せば、五輪切符が渡ってしまうという瀬戸際だった。
2人は決勝で顔を合わせた。
阿部の決意はこれまで以上だった。「いつもは少し引いてしまう部分があった。でも絶対にやられっぱなしでは終われない。きょうは絶対に引かない。何が何でもやってやる」
足技を畳みかける。さんざん泣かされてきた相手のともえ投げに対して、今度こそこらえる。延長に入った。審判の「待て」の声も耳に入らない。前へ前へと踏み込む。場内にこだまする歓声。コンマ1秒の隙を狙う。延長3分27秒。敵が伸ばした左脚をはらい、左肩を地に着けた。
久々に大会の優勝を味わい、阿部は目をぎらつかせた。
「リオの後、この66㌔級で積み上げてきたものがある」。前回リオデジャネイロ五輪の出場を逃した悔恨、それからの鍛錬に思いをはせた。
丸山に敗れ続け、自問自答の日々だった。
「自分自身の柔道はなんだって考えると、やっぱり前に出る柔道、一本を取りにいく柔道。それをやめると自分の良さもなくなってしまう」
家族やファンらが沸き立つ観客席へ、拳を掲げた。
「苦しかったのは僕だけじゃなくて。たくさんの人が悔しい、苦しい思いをして。それでも変わらず、常に応援してくれた。やっと、ほんの少し恩返しできたかな」
阿部は以前、両親に告げたことがあった。「俺はまだ何も返せていない。もっともっと親孝行したい。今の俺があるのは親のおかげやから」。そんな思いも内に秘めての、勝利だった。
20年1月2日、地元神戸市兵庫区の三石神社。降りそそぐ日差しは柔らかい。白いセーター、白いコートをまとった阿部が、妹の詩とともに参道を歩いてきた。
阿部はおみくじを引いた。「吉」だった。「僕が大吉にします」と宣言した。
苦しかったシーズンも、自身がさらに羽ばたくためにある。
「去年はいろいろな経験ができた。それを最大限に生かして、オリンピックで優勝する目標をかなえたい。さらにパワーアップした阿部一二三を見せられると思う。わくわくしている」
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、五輪は1年延期され、柔道男子66キロ級の代表を決める最終決戦の場も持ち越されている。
新旧世界王者の対決は、どう完結するか。
「日本代表争いを勝ちきってこそ、本当の強さ」。オリンピックの金メダルをつかむより困難な道のりであっても、阿部の覚悟が揺らぐことはない。(藤村有希子)
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