恋愛小説の名手と呼ばれ、その40年以上にわたるキャリアの中で数々の文学賞を射止めてきた作家の小手鞠るいさん。
今、SNS上ではそんな小手鞠さんにおこった"奇跡の復刊劇"が大きな注目を集めている。
7月25日、小手鞠さんは自身のXアカウントで
「小学5年生のとき学校図書館で、わたしの作品に出会い、ファンになってくれた女の子が、成長して編集者になり、自分が小5のときに読んだ本(絶版になっていた)を復刊してくれることになりました!2冊の文庫を1冊にまとめて、450ページの文庫となります。今年の10月に刊行!(大人向けの小説です)」
と件のエピソードを紹介。
子供の頃、作品を読んだ女性が、大人になってその復刊を手がけるという小説顔負けのロマンティックな物語。いったいどのような経緯があったのだろうか。小手鞠さんと、影の主人公である早川書房の金本菜々水さんにお話を聞いた。
ーー今回、復刊される作品についてお聞かせください。
小手鞠:早川書房刊、ハヤカワ文庫『ガラスの森 / はだしで海へ』です。『ガラスの森』(1992年)と『はだしで海へ』(2009年)という2冊の文庫本を合体して1冊にまとめてあります。2作のあいだには「ガラスの靴を脱いで」という掌編小説が入っており、同じ主人公の中学・高校時代、短大時代が描かれています。そういう意味では彼女の青春時代のすべて、彼女の成長の過程があますところなく描かれていることになります。これは、青春・恋愛大河小説だと自分では思っています。
ーー小手鞠さんにとって思い入れある作品なのですね。
小手鞠:『ガラスの森』は、わたしが生まれて初めて書いた小説です。まだ小手鞠るいとして作家デビューしていなくて、川滝かおりという実名で書いて白泉社から出していただきました。なんと30年以上も前のことです。『はだしで海へ』はその続編。ですのでわたしにとっては、まるで自分の愛娘のように可愛い作品たちです。思い入れはたっぷりです!「良かったね、復刊されることになって良かったね!」と思わず作品を抱きしめて、頬ずりをしたくなります。
ーー金本さんと作品の出会いは?
金本:私が通った小学校は司書の先生が大変熱心な方で、贅沢な読書環境の中で過ごしました。高学年の頃、中学受験にやる気が出なくて、本ばかり読んでいた時に出会ったのが小手鞠さんの作品。先に出会ったのは『はだしで海へ』だったのですが、ちょうど浅田真央さんが活躍されていた時期でフィギュアを見るのが好きだったのと、カバーデザインが写真で、大人っぽい本だなと思い手に取りました。
思い返せば、あれが最初の"自分自身の感性で、自分の好きなものを見つけた"体験。誰に薦められたわけでもなく、自分の琴線に触れるものを見つけることの楽しさを知れたのは、間違いなく小手鞠さんの小説のおかげだったなと思います。
ーー復刊に至る経緯は?
金本:フィギュアスケート好きの友人に『ガラスの森』を薦めようと思ってネット書店のページを開いたら品切れになっており「こんなに良い本が新品で手に入らないなんて残念だな」と思いました。数日後「自分で復刊したらいいんだ!」と思い今に至ります。小手鞠さんも「何年も前に自分の手を離れた本だから、思うままやって」と言ってくださいました。私が今この仕事をしているのは『ガラスの森』『はだしで海へ』の存在なくしてはありえないこと。今この作品が新しい読者に出会うお手伝いができるのを本当に嬉しく思います。
ーー復刊の申し出があって小手鞠さんはどう思われましたか?
小手鞠:それはもうびっくり仰天いたしました。うれしくてうれしくて、天に舞い昇るような気持ちでした。こんなことがあっていいのか、これは夢ではないのかとさえ思いました。今もそう思っています。まだ夢見心地のままです。まさに「小手鞠るいの作家人生で起こったうれしい出来事ベスト10」のトップ1です!いろいろと苦労もあったけれど、がんばってきて良かったなーと思いました。
金本さんとは今年3月に京都で初めてお目にかかったのですが、めちゃめちゃ素敵な女性だったので、そのことにも大感動。彼女が編集してくださるのであれば、素敵な文庫になるに違いない、と確信しています。若い世代から大人まで、たっぷりと楽しんでいただける1冊です。
今、切ない恋の真っ最中の方にも、昔の恋を思い出したい人にもぴったりなんです。わたし自身、ゲラを読みながら「なんて切ないの!」と、思わず泣きそうになったほどです。
ーー投稿に大きな反響がありました。
小手鞠:本当に何気なく、わたしの近況をさらっと伝えるつもりでの投稿だったので、やっぱり、びっくり仰天しました。みなさんが「素敵なお話」「夢みたい」とたくさんのコメントを送ってくださったので、あらためて、喜びが何倍にも増しました。中には小学生のお子さんをお持ちの親御さんも複数おられたので、「お子さんが大人になって編集者になったら、わたしに仕事の依頼を!」というような会話になり、すごく楽しかったです。わたしが思っていた以上にこの出来事はとびっきり素敵な出来事であり、文字通り「これは奇跡の復刊」なのだなーと実感いたしました。
また小学校の図書館の司書の方からのコメントもうれしかったです。学校図書館の存在意義の大きさも、あらためて感じました。また、この実話を小説として書いたら?というようなコメントも複数いただきましたが、その企画は水面下ですでに進行中です。
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SNSユーザー達から数々の驚きの声、感激の声が寄せられたこの奇跡の復刊劇。
『ガラスの森/はだしで海へ』(ハヤカワ文庫JA)は10月22日に刊行予定。早川書房公式サイト、およびネット書店で情報が公開されているので、ご興味ある方はぜひチェックしていただきたい。
小手鞠るい(こでまり・るい)さんプロフィール
小説家、詩人、児童文学作家。 1956年岡山県生まれ。 同志社大学法学部卒業。 1981年「詩とメルヘン」賞、1993年「海燕」新人文学賞、2005年『欲しいのは、あなただけ』(新潮社)で島清恋愛文学賞、2009年絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』(講談社)がボローニャ国際児童図書賞を受賞。 2012年『心の森』(金の星社)が第五十八回全国青少年読書感想文コンクール小学校高学年課題図書に選定される。
『ガラスの森/はだしで海へ』(ハヤカワ文庫JA)は10月22日刊行予定
(まいどなニュース特約・中将 タカノリ)