「まるで地獄絵図でした」
そう言って表情を曇らせたのは、岡山市を拠点に猫と犬の保護・譲渡活動やTNR活動(T=Trap/捕獲し、N=Neuter/不妊去勢手術を施し、R=Return/元の場所に戻す)を行っている『NPO法人Equal Life(エクアルライフ)』代表の鈴木裕美さんです。
2025年3月、岡山県倉敷市で大規模な猫の多頭飼育崩壊がありました。一報を受けたエクアルライフはすぐに倉敷警察署と倉敷市保健所に連絡。両者が現場に入り、警察は猫の遺体を5体持ち帰り、保健所は生きていた5匹を保護したそうです。
この数であれば「多頭」とは言えません。実際はその何倍、何十倍もの猫がそこにいたのです。約30年前にオス、メス1匹ずつをペットショップで購入し、避妊・去勢手術をしなしまま同じ部屋で飼っていたら…多頭飼育崩壊の典型的なパターンでした。
「家主さんに会いに行くと、もう自分たちでは世話ができない、手放したいということだったので、保健所に報告して、生きている猫たちはエクアルライフで保護、お世話をすることにしました」(鈴木さん)
■生活空間はきれいだったが、猫の居場所は悲惨だった
1週間かけて保護できたのは66匹。それだけの時間を要したのは“現場”がひどい状態だったからです。
「一見、多頭飼育崩壊が起きているとは思えないお宅でした。家主さんが生活している部屋はとてもきれいで臭いもなかったので。ただ、木の扉一枚隔てた向こう側の惨状は…。
床には家主さんが掃除をしなくなったという20年前からの糞尿が人間の膝あたりまで堆積していて、その層の中に亡くなった猫の遺体や遺骨が埋まっていました。フードと水はあげていたようですが、冷暖房の設備はなく、窓も開けられない部屋でしたから、猫たちが命を落とすのも当然です」(鈴木さん)
鈴木さんたちは遺体や遺骨に「ごめんね。必ず外に出してあげるからね」と心の中で手を合わせながら生き残った猫の捕獲をし、すべてが終わってから骨を拾って遺体を取り出し、ようやく風や陽に当ててあげることができました。命を奪われた猫は何百匹にも及んだそう。その子たちを埋葬し、もう一度そっと手を合わせました。
生き残った猫たちも健康というわけにはいきません。ガリガリに痩せた子、重度の皮膚病の子、神経症状の出ていた子…中には保護後に亡くなった子もいます。鈴木さんたちが踏み込まなければ、もっと多くの猫が命を落としていたでしょう。
「表情もうつろで、大半がうつ病のような精神状態でした」。保護当時の様子を鈴木さんはそう振り返りますが、団体が発信したSNSや地元ニュースで取り上げられたこともあり、多くの支援が集まって、避妊・去勢手術はもちろん、適切な医療にかけ、栄養たっぷりの食事を与えてもらった結果、数匹は新しい家族のもとへと巣立って行きました。
ただ、「終生、エクアルライフに残る子が多くなりそう」とのことで、今後の医療費や食費を考えると、まだまだ支援が必要なようです。
■「岡山県で史上最も劣悪な環境」を繰り返さないために
保健所の職員が「岡山県で史上最も劣悪な環境」と表現した多頭飼育崩壊現場。たくさんの善意で解決したかに見えますが、一番大切なのは、こうした凄惨な事態を繰り返さないことです。そのための“カギ”は何か、鈴木さんにうかがいました。
「TNR活動をして“増やさない”ようにするしかないのですが、家の中で起きていることは私たちには分かりません。何か“おかしい”と感じることがあれば、すぐ行政か保護活動をしている方に相談してください。
ただ、ご近所トラブルになりたくなくて通報をためらう方もいるでしょうし、私たちが連絡を受けて保護に向かっても、『うちの子だから』と拒絶されることも少なくありません。
そこでカギになるのが“町内会”だと思うんです。町内の方はどこに野良猫がいるか、どの家でごはんをもらっているか大体ご存じです。空家のはずの家から音が聞こえる、逆に人が住んでいるのにゴミだらけ、中が見えないほど草が伸び放題…動物が集まりやすい場所の情報も、町内の方は持っていることが多い。
猫が増えなくなるのは、猫好きな人にとっても嫌いな人にとっても喜ばしいことですよね? であれば、町内会がほんの少し負担をして、一斉に避妊・去勢手術をすれば、私たちが地道に探すよりも一気に進むはずなんです。
『隣の町内会はやっていない』と二の足を踏む会長さんもいらっしゃいますが、自分たちが先頭を切ってやれば、それが隣の町に広がり、隣の県に広がり、全国に広がっていく。
町内会が動きにくいのなら行政のリードが必要で、今、市長さんや議員さんにも働きかけています。そして、町内会の管轄外の山などにいる猫たちのことは私たちが何とかする。そうすればTNRは加速度的に進むと思います」
昔から日本にある“町内会”という単位。近年は横の繋がりが少なくなっているかもしれませんが、人間と動物、どちらにとってもやさしい未来にするために、今こそ積極的に活用したい単位です。
(まいどなニュース特約・岡部 充代)