ウラジーミル ・ プーチン大統領(©ververidis/123RF.COM)
ウラジーミル ・ プーチン大統領(©ververidis/123RF.COM)

 2025年、アラスカで開催された米露首脳会談は、国際社会の注目を集めた。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と米国のドナルド・トランプ大統領によるこの会談は、両国間の緊張関係が続く中、一つの大きな出来事となった。しかし、プーチン大統領の背後には、単なる関係改善以上の戦略的狙いがある。

 アラスカ会談は、米露関係が近年、ウクライナ問題やサイバー攻撃、制裁の応酬により冷え込む中で開催された。トランプ政権の復帰後、両国は実利的な対話を模索する姿勢を見せている。特にプーチン大統領は、トランプ大統領の「アメリカ第一主義」とビジネスライクなアプローチを活用し、米露間の新たな協力枠組みを構築しようとしている。会談の主要議題はウクライナ問題だったが、正にプーチン大統領には米露交渉の中でウクライナ問題の優先順位を下げることにあった。

 ロシアは、ウクライナ紛争をめぐる西側諸国との対立で、経済制裁や国際的な批判に直面している。こうした状況下、プーチン大統領は米国との関係強化を通じて、外交的突破口を開こうとしている。特にトランプ大統領は、ウクライナへの軍事支援に懐疑的な姿勢を示してきたことから、プーチン氏にとって交渉の余地がある相手とみなされている。

 プーチン大統領の最大の狙いは、ウクライナ問題を米露交渉の中心から外すことにある。アラスカ会談では、ウクライナ問題が議題に挙がったものの、具体的な進展は乏しかった。これはプーチン氏にとって意図的な結果である可能性が高い。エネルギーや経済協力を前面に押し出すことで、ウクライナ問題を「棚上げ」し、米国の関心を他分野に分散させようとしているのだ。

 この戦略は、トランプ大統領の外交スタイルに適合している。トランプ氏は過去にも、複雑な国際問題よりも目に見える経済的成果を優先する傾向を示してきた。プーチン大統領はこれを利用し、ロシア産エネルギーの安定供給や、米露企業間の共同プロジェクトなどを提案することで、トランプ政権の支持を取り付けようとしている。仮にこうした協力が実現すれば、米国がウクライナへの支援を縮小する可能性が高まり、ロシアにとって有利な状況が生まれる。

 プーチン大統領のもう一つの狙いは、米露関係の強化をテコに、欧州やウクライナを牽制することだ。欧州は、ウクライナ支援を通じてロシアへの圧力を強めてきたが、米国の関与が後退すれば、欧州単独での対応力には限界がある。プーチン氏は、米国との関係改善をアピールすることで、欧州内の結束を揺さぶり、ウクライナ支援の勢いをそぐことを狙っている。

 さらに、米露の接近は中国や他の新興国にも影響を及ぼす。ロシアは中国との経済的結びつきを深めてきたが、米国との関係改善が進めば、地政学的なバランスを再構築する余地が生まれる。プーチン大統領は、米中対立の構図の中でロシアが「中立的」なポジションを確保し、両大国との交渉カードを増やすことを視野に入れている。

 しかし、プーチン大統領の戦略にはリスクも伴う。まず、トランプ政権との交渉が期待通りに進む保証はない。米国国内では、議会や世論がロシアとの関係改善に強い抵抗を示す可能性がある。特に、ウクライナ問題を軽視する姿勢は、共和党内のタカ派や民主党からの批判を招きかねない。

 アラスカでの米露会談は、プーチン大統領にとって戦略的な一手であった。トランプ大統領との対話を通じて、ウクライナ問題の優先順位を下げ、経済やエネルギー分野での協力をテコに米国との関係を強化する狙いは、短期的な外交的突破口を開く可能性を秘めている。しかし、この戦略の成否は、トランプ政権の対応や欧州の動向に左右される。プーチン大統領の次のステップは、会談の成果を具体化しつつ、国際社会でのロシアの地位を再構築することにある。国際社会は、米露関係の進展がウクライナ問題や欧州の安全保障にどのような影響を与えるか、注視する必要があるだろう。

◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。