介護に悩みを抱える人は年々増えています※画像はイメージです(Nattakorn/stock.adobe.com/)
介護に悩みを抱える人は年々増えています※画像はイメージです(Nattakorn/stock.adobe.com/)

「介護なんて、そんなもん要らん! オレはまだ自分のことぐらい自分でできる!」

80歳の父・浩二さんは、要介護認定の聞き取りに来た市の職員を玄関先で追い返してしまいました。転倒が増え、通院も娘の車頼みになってきた矢先の出来事です。これではサービス利用どころか、今後の介護費用も全額自己負担になる--娘の恵美さん(52)は頭を抱えました。

要介護認定は、介護保険サービスを受けるための“入口”です。市区町村に申請すると、調査員が自宅を訪問し、本人の心身の状態や生活状況を確認。その結果を考慮し、介護認定審査会にて「要支援」または「要介護」といった区分が決まります。

しかし、いざ申請の段になると、親が「まだ大丈夫だ」と言い張り、認定を拒否してしまうケースも少なくありません。恵美さんも、まさにその壁に直面していました。

■要介護認定の重要性

そもそも要介護認定を受ける意味は大きく三つあります。

▽介護保険サービスの利用

第一に、介護保険サービスを1割負担で使えるようになる点です。訪問介護やデイサービス、手すりの設置費用など、認定がなければ全額自費になります。

▽公的支援へのアクセス

第二に、公的支援の“パスポート”になることです。日常生活用具の給付や高額医療・高額介護合算制度など、認定があることで初めて対象になる支援も多く存在します。

▽家族の負担軽減

第三に、家族が休息を取りやすくなることです。ショートステイやヘルパー利用の下支えがあってこそ、介護離職や共倒れのリスクを減らせます。

“まだ元気”と突っぱねる方ほど、転倒や急変で一気に重度化することがあります。早めの認定が結果的に自立を延ばします。

■説得の「三か条」

とはいえ昭和気質の父のプライドは簡単には折れません。恵美さんが実践した“説得三か条”はこうです。

▽第三者を介す

第一のカギは第三者を挟むことです。家族が何度言っても聞かない父に、かかりつけ医が「手すりが付けば家の中を安全に歩けるようになりますよ」と勧めると、父は意外なほど素直に耳を傾けました。医師やケアマネといった“外の声”は、親子間の感情をクールダウンさせる潤滑油になります。

▽数字で示す実利

次に実利を数字で示すことです。恵美さんは、訪問介護(1時間300円)と全額自費の家事代行(1時間3,000円)を比較した表を紙に書き、「認定がないと9割分を自分で払うことになるよ」と説明しました。お金の話は嫌がられるかと思いきや、父は「そんなに違うのか」と初めて表情を曇らせたといいます。

▽「お試し」で誘導

最後は“お試し作戦”です。市の担当者と相談し、まずは介護予防教室の無料体験に誘いました。ストレッチ後のお茶の時間が気に入った父は、「まあ、また行ってやってもええ」と笑いました。その帰り道、恵美さんが「認定調査は30分で終わるから」とさらりと切り出すと、父は抵抗なく頷きました。

   ◇   ◇

調査から1カ月後、浩二さんは要支援2と判定され、玄関の手すりと週2回のデイサービスを利用し始めました。「人と話すのは悪くないな」と言う父の表情は以前より若返ったように見えます。

親の「まだ大丈夫」は、裏を返せば自尊心と不安の表れです。第三者の声でプライドを傷つけず、数字でメリットを示し、短期体験でハードルを下げる--この三段構えなら、追い返した父の心も少しずつ動くかもしれません。

“介護なんか要らん”と言ううちが花。倒れてからでは遅い。あなたの家でも、まずは主治医や地域包括支援センターに話題を振ってみてほしいです。要介護認定は自立を奪うレッテルではなく、安心して「まだ若い」と言い続けるための保険証なのですから。

【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士。身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症2型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。

(まいどなニュース/もくもくライターズ)