2026年になって早々、米国のトランプ政権が南米ベネズエラへの軍事介入を断行し、ニコラス・マドゥロ大統領を拘束したというニュースは、世界に衝撃を与えた。今回の攻撃の背景には、薬物流入の阻止、世界最大級の埋蔵量を誇る石油権益の確保、そしてモンロー主義の現代的再解釈に基づく「西半球の覇権」維持という、極めて複合的な狙いが透けて見える。
トランプ政権にとってベネズエラは、米国民の健康を害する麻薬の供給源であり、かつロシアや中国が食い込む「裏庭」の綻びであった。主権国家の現職首脳を拘束し、司法の場に引きずり出すという異例の強硬策は、米国が自国の勢力圏における脅威に対しては国際的な批判を厭わず、実力行使も辞さないという姿勢を鮮明にしたものである。
■台湾有事を誘発する?
一方、この事態を受け、日本国内では「力の支配」の連鎖を危惧し、それが東アジアの火種である台湾有事を誘発するのではないかという声が広がっている。
こうした米国の行動は、ロシアによるウクライナ侵攻や中東の混迷と相まって、世界が「法の支配」から「力の支配」へと回帰したかのような印象を与える。この「力の空白」や秩序の崩壊に乗じて、中国が台湾への武力統一を早めるのではないかというロジックは、一見すると説得力を持つ。米軍が南米に軍事資源を割けば、東アジアへの抑止力が低下するという指摘も一理あるだろう。
■ベネズエラとは異なる次元
だが、台湾問題の本質は、ベネズエラのような地域的な政権交代とは次元が異なる。台湾情勢は、核保有国である米中両大国が正面から衝突するリスクを孕んだ、グローバルな安全保障の核心的課題である。
米軍にとってベネズエラでの作戦は圧倒的な軍事力の差を背景とした介入であったが、台湾海峡での衝突は総力戦を意味する。中国共産党指導部が最も恐れるのは、勝利の確信がないまま戦火を交え、政権の正統性を揺るがすことである。米国の軍事行動が南米でいかに迅速であったとしても、それが台湾海峡における米軍の展開能力や政治的意志を完全に削ぐものとはなり得ない。
■中国にとって「逆風」に作用
むしろ、米露という軍事大国が相次いで他国の主権を実力で侵した事実は、中国にとって「逆風」として作用する側面がある。中国は近年、今後世界経済で大きな影響力を占めるグローバルサウス諸国との関係を重視してきた。一帯一路プロジェクトの是非については色々と議論があろうが、中国とグローバルサウス諸国との関係が強化されてきたことは間違いない。
しかし、ここで中国が米国やロシアの後を追うように台湾へ侵攻すれば、自ら掲げてきた外交的大義は雲散霧消し、グローバルサウス諸国からは対中警戒論、中国離反が進む可能性もある。中国にとって、自らが批判してきた覇権主義や一国主義の象徴へと堕することは、戦略的な孤立を意味し、長期的な国益を著しく損なう選択肢である。
もちろん、中国が独自に台湾統一のシナリオを練り、軍事的準備を加速させている現実に変わりはない。しかし、それはベネズエラ情勢に触発された衝動的なものではなく、あくまで中国自身の国力、軍事バランス、そして内政上のタイミングに依拠するものである。米国のベネズエラ介入という事実が、直ちに台湾海峡の均衡を崩し、有事を誘発する決定打になると結論づけるのは早計だろう。
国際社会はいま、力による現状変更という深刻な揺さぶりに直面している。しかし、個別の事案が持つ歴史的・地理的文脈を見誤ってはならない。台湾有事のリスクを語るならば、米国の南米政策を注視すると同時に、中国が抱えるグローバルな立場と内政の苦悩、そして何より日米同盟の抑止力の質を冷静に分析し続けることが、いま我々に求められている。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長 専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。























