トランプ大統領がグリーンランドの獲得に強い執着を示す背景には、単なる不動産投資的な発想を超えた、21世紀の覇権争いにおける「冷徹な地政学的計算」が存在する。
かつて「氷に覆われた不毛の地」と見なされていたこの巨大な島は、現在、地球温暖化と米中露の対立という構造変化のなかで、国家の命運を左右する戦略的要衝へと変貌を遂げている。トランプ大統領がこの地に固執する理由は、エネルギー資源の独占、対中露の安全保障、そして北極海航路の開拓と背景がある。
■氷床下に眠る世界最大級の未開発資源
第一の動機は、経済的自立と次世代産業の主導権確保である。グリーンランドの氷床の下には、世界最大級の未開発資源が眠っている。
米国地質調査所の推計によれば、北極圏には世界の未発見石油の13%、天然ガスの30%が存在するとされ、その多くがグリーンランド近海に位置する。しかし、トランプ氏がより重視しているのは、ハイテク産業や軍需産業に不可欠な「クリティカル・ミネラル(重要鉱物)」、特にレアアースの存在である。
現在、米国はレアアース供給の多くを中国に依存しており、これが経済安全保障上の最大の弱点となっている。グリーンランドにはレアアース埋蔵地があり、これらを米国の管理下に置くことは、中国の資源外交に対する決定的なカウンターとなり、対中デカップリングを完成させるための最後のピースとなる。
■中露の北極圏進出を物理的に遮断
第二に、軍事・地政学的な防衛拠点としての価値が極めて高い。冷戦期から米国は北部のピトゥフィク(旧チューレ)空軍基地を維持してきたが、近年、ロシアによる北極圏の軍事拠点化と、中国による「氷上のシルクロード」構想が米国の焦りを生んでいる。
グリーンランドは、北大西洋へ進出しようとするロシア潜水艦を封じ込めるための「GIUKギャップ」の一角を成す。また、米本土を防衛するミサイル防衛システムのレーダー拠点としても代替不可能な存在だ。トランプ氏にとって、グリーンランドの統治権を確保することは、中露の北極圏進出を物理的に遮断し、北米大陸の防衛線を極北にまで押し上げるための究極の安全保障策にほかならない。
■北極海航路は未来のパナマ運河
第三に、地球温暖化によって現実味を帯びてきた「北極海航路」の覇権争いがある。
氷床の融解により、アジアと欧州を結ぶ北極圏の航路が商用化されれば、スエズ運河経由に比べて航続距離を大幅に短縮できる。これは世界の物流地図を塗り替えるパラダイムシフトである。ロシアはすでに北極海航路の通行料や先導権を主張し、実質的な支配を強めている。一方、グリーンランドを通過する北西航路や北極点横断航路の重要性が増すなかで、米国がグリーンランドの広大な海岸線をコントロール下に置くことは、21世紀の海上貿易の主導権を握ることを意味する。トランプ氏は、この地を「未来のパナマ運河」と見なし、その管理権を先制的に掌握しようとしている。
結論として、トランプ氏のグリーンランドへの関心は、資源、安全保障、物流という国家の根幹を成す三要素を統合した、極めて合理的な地政学戦略である。氷が溶けることで露出する莫大な「富」と、境界線が曖昧になる「極北の戦場」において、米国が恒久的な優位を確立するための野心的な一手といえるだろう。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長 専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。























