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(7)法の無力さ 「優先借地権」も厚い壁
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 御蔵通の更地の一角に、ぽつんと小さなプレハブ住宅があった。八畳ひと間。電気は通じているが、流し台もない。食器棚、衣装ケースなどわずかな家財だけの部屋で、小山悦子さん(58)=仮名=は正座して、目頭を押さえた。

 「東京にいる地主から『プレハブを撤去しないと、法的な手段に訴える』と通知されたんです」

 震災で二十年以上住んだ借家を焼け出され、職も失った。病弱な長女(36)の通院のため、遠方の仮設には住めない。家主は「再建がいつになるか分からない」とはっきりしない。五十万円を借り十月初め、借家の敷地にプレハブを建てた。家主の口座には、家賃の振り込みを続けている。

 建築の際、承諾を得なかったのは事実だが、小山さんは唇をかんだ。「とことん行く場所がなくなって、建てるしか道はなかった。震災までここに住み、家も自分で直してきたのに、なぜ、いたらいかんと言われるのか」

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 家屋を失った借家人が、優先してその土地を借り、家を建てる権利は、「り災都市借地借家臨時処理法」で認められている。地主と家主が違う場合、家主から借地権を譲り受けることもできる。「借家人が借地人になる」権利である。

 しかし、借地権の入手には、一般的に高額の権利金を支払わなければならない。今、神戸地裁でその額をめぐる裁判が続いている。

 神戸市のAさんら借家人二人が主張する、借地権譲渡の額は約三百二十万円。これに対し、家主側は約千二百五十万円。実に約四倍の開きがある。

 まず違うのは、基になる更地価格の評価だ。Aさん側は三・三平方メートルで九十五万円、家主側は百三十万円。それぞれが、二軒分百十平方メートルの価格をもとに、借地権割合などを考慮して、はじくと、こんなに差が出た。計算方式も違っていた。

 Aさん側の弁護士は話した。「一応借地権を、更地価格の六割としたが、本当は多すぎるくらい。家主は現実離れしている。それなら土地を買うほうがよい」。同様の事件で、まだ裁判所の判断は出ていない。弁護士は「決定はほかの基準になるので、裁判所も迷っているのでは」と言う。

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 神戸市長田区御蔵通三の借家で被災し、神戸市須磨区の仮設住宅に住む中山良平さん(76)も、借地権のことは知っていた。しかし、手に入れることは、あまり考えなかったという。「銀行が金を貸してくれへん。なんとか借金で土地を借りて家を建てても、この年では十年住めるかどうか。しんどいだけや」

 兵庫県内の裁判所に起こされた、り災都市法関連の係争は、九月末までに六十八件。膨大な借家の被害、トラブルに比べれば少ない。丹治初彦弁護士は「借地権を買い、建物を造るには、相当な出費がいる。権利があってもその先が一歩も進まない。結局、り災都市法で救済できる社会的弱者はごくわずかだ」と指摘する。

 小山さん方に、知人の女性が「どう?」と訪ねてきた。毎日のようにだれかが顔を出す。周りの支えがあるから、御菅ではなんとか生活できるという。

 「どこに相談してもだめ。しばらくの間、今まで通りにさせてほしいだけなのに」。プレハブをどうしてよいか、小山さんはまだ決められない。

1995/10/23
 

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