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(5)一枚の念書 「保証は」と悩む借家人
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長田・御菅地区から
 神戸市垂水区の仮設住宅で一人暮らす三上花子さん(77)は、一枚の念書を持っていた。

 「家を建て直すか、市に土地を売って市営住宅ができたら、優先的に入居させる」。そこにはこう書かれ、家主の署名、印がある。

 五十年近く、御蔵通三にある木造二階建ての借家に住んでいた。震災で全焼、仮設に入った。家賃は業者を通じて納め、家主とは面識もなかったが、四月に訪ねた。借家の今後を聞きたかったからだ。

 家主は「まだ分からない」と言った。だが、困っていることも分かる、と念書に同意してくれた。

 今、毎日のように垂水から御菅地区に通う。バス、地下鉄、バスで片道一時間半。医者に腰を診てもらい、地域を歩く。

 「道でだれかに会える。この前も御菅のバス停で降りたら、知り合いがいて『元気やったか』と抱き合った」。仮設の暮らしも落ち着いてきているが、「前のところにいたい」という思いは消えない。

 念書前段の「優先借家権」は、被災地に適用された「り災都市借地借家臨時処理法」に、はっきり示されている。家主が建て直せば、優先入居ができる権利だ。

 だが、再建しなければ、権利はないのと同じ。家賃の問題も大きい。「前は月二万五千円やった。新しくなったら五、六万にはなるやろ。三万まででないと」。亡夫の軍人恩給で暮らす三上さんは心配する。

    ◆

 兵庫県震災対策室が、仮設住宅の入居者約三万一千世帯を対象に調査した。震災まで公的賃貸住宅に住んでいた世帯は一〇%、民間借家は四三%だった。

 今後の希望になると、公的賃貸住宅は五三%に増え、民間借家は四%と、十分の一に激減した。「建て直しても、かつてのような安い家賃では住めない」。数字は被災者の思いを語る。

 長田区の不動産業者は話した。「賃貸物件は、ほとんど出てこない。軒並み家賃が値上がりし、月十万が十五万になったところもある」

 三上さんの借家は区画整理区域にあった。家主が市に土地を売った場合、かつての借家人には、移転対象住民用に市が用意する「受け皿住宅」への優先入居権はあるのだろうか。

 神戸市都市計画局は「以前の住まいに入る可能性はなくなるわけだから、配慮する」と話す。が、受け皿住宅もその他の公営住宅と同じく、御菅地区やその周辺に建つ戸数ははっきりしない。

 同じ町内で被災し、神戸市西区の仮設住宅に住む後藤郁枝さん(76)は「区画整理の勉強会に出ても、土地や家がないので、どうすることもできない。早く市住でも建ててくれたらと思う」と、借家人の立場を訴える。

 だが、区画整理地区とそうでない地区で対応は異なる。地区外では公的住宅に入る条件はさらに厳しい。

    ◆

 三上さんの家主に話を聞いた。土地は約二百平方メートル、四世帯が入居していた。再建しても、道路拡張や建ぺい率で、半分ほどの家しか建たない。「家賃では元がとれない」と、市への売却を検討していることを打ち明けた。「借家人の方には、近くに住めるよう、市にお願いしたい」

 取材の中で、売却を考えている人が、多いことが分かった。

1995/10/20
 

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