■長田・御菅地区から
「十坪ハウス」という言い方がある。長い間、長屋に住み、自分の住まいと土地部分を買った人たちだ。実際の広さはもっとあるが、御菅地区には結構多い。
神戸市須磨区の仮設住宅に住む玉置武治さん(80)、ともゑさん(75)夫婦の御蔵通三丁目の土地は、十五坪(約五十平方メートル)あった。台所と四畳半、六畳。三十五年間暮らし、四十代のころ、百数十万円で買った。震災で住宅は全焼した。
「土地をどうするか、この半年が思案のしどころや」
二人は迷っていた。現地に仮設住宅を建てるか、市に土地を売り、被災者用住宅の申し込みを考えるか。仮設はプレハブでも、何百万円かかる。「区画整理で損せえへんやろか」とも思う。年金暮らしの身で、貯金を無駄に使いたくない。
ともゑさんが「私はすぐにでも御蔵に戻りたいんやけど。土地を売るのは最後の決断やろねえ」と話す傍らで、武治さんは腕を組んだ。
「今のところにも、何年住めるかわからへん。場所にこだわりすぎると、かえって遠いとこに行かされるかもしれん」
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御菅地区十万千平方メートルの区画整理の地権者は、六百六十人。市への売却の申し出は百数十件、十月二十日までに五十六件、約四千七百平方メートルの売買が合意した。市区画整理課は「まだまだ買いたい」と話した。
買収用地は、大きく分けて二つの使い道がある。一つは、地権者が土地を出し合う割合(減歩率)を抑え、道路や公園に利用する。市は減歩率一〇%未満という方針を示している。
もう一つは、対象住民の受け皿住宅用地。市は「中層住宅を建てるにも千五百平方メートルの敷地はいる」と話す。戸数確保も用地買収の進展にかかってくる。
市は、大地主や売却を申し出た地権者と話し合いを進めている。「一軒一軒に意向を尋ねられればいいが、地権者が多くとても手が回らない」という。借地権や相続など権利調整が複雑だったり、売買額の折り合いがつかないこともある。
玉置さん夫婦のように、迷っている人もいる。御菅地区の担当者は「土地がそろえば、すぐにでも新しい街の絵が書ける」と説明するが、地域への思いと、今後の生活設計の中で、住民は揺れる。
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菅原商店街の商店主(61)は、家と、はす向かいの店舗が全焼。親の代から五十年続いた店を畳むことにした。
「再建には金がかかるが、客が戻るかどうか。年齢的にも区画整理を待てない。跡継ぎもいない」
百四十坪(約四百六十平方メートル)の土地は、七月に市と売買契約した。「値段の不満はない。十一月までなら、震災前の基準で買えるといわれ、早く売った方がよいと思った」と語る。
買収価格は、市不動産評価審議会が示した基準に沿う。今の基準は五月に決まった。市理財局は「内容は公開できないが、ライフラインが未復旧の時点と、その後に開きがあれば、早く売る人の不利益になりかねない。そのあたりの配慮はある」と説明した。
十一月には新たに基準を検討するという。被災地地価が初めて示された八月の路線価発表では、大幅に下がった。今後の動向も読みにくい。「いつ売れば」の判断も地権者を悩ませる。
1995/10/21