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 岸義行さん(77)=仮名=は、法律が被災者に保障した「優先借地権」を放棄するしかなかった。

 「借家やったけど、五十年住んだ家。ふるさとみたいなもんやから、そこにおりたかった」

 神戸市灘区にあった一戸建ては全壊した。家主は「建て直せない」と言う。年金暮らしの岸さんは、息子夫婦と共同再建を決め、敷地を借りたいと申し出た。家主は了承したが、借地権の額で折り合わず、裁判所の調停になった。

 岸さん側は二百万円程度と主張。家主側は更地価格の三割程度と六百万円以上を求めた。隔たりは埋まらない。調停は昨年末、岸さんが百五万円の解決金をもらい、権利を放棄することで和解した。

 岸さんは神戸を離れ、加古川市の息子宅に身を寄せる。

 「建築費もいる。なんとか一千万円は都合したが、建築費などを計算すると、二百万円が限界だった。元に戻る権利を手放したくはなかったが、これ以上、金を借りても返せない」

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 神戸地裁管内では、二月末までに二千四百七十五件の震災関連の調停が行われている。借地・借家をめぐる案件が大半だ。

 岸さんの「優先借地権」は、借家の家主が建て直さない場合、優先的に借地人となる権利で、罹(り)災都市法に明記される。

 だが、実際に生かされたケースはほとんどない。神戸弁護士会の宮崎定邦弁護士は「調停の多くは権利放棄で終わっている」とし、法律相談などを担当する竹本昌弘副会長も「罹災都市法をベースにした解決は難しい」と説明する。

 「優先借地権は土地を転売してもついていく。地主は解決金を払ってでも、権利負担を消す方がよいと考える。それでこういった解決が多くなる」

 解決金に相場はないものの、弁護士によると、二十・五十万円、理由があるケースで百万円前後が一般的。高額ではないが、義援金と比べると、それなりに助かるとの受け止め方もある。

 指摘される罹災都市法の不備について、藤原精吾弁護士は「借家人が一方的に不利益を受けることに歯止めをかける、一定の役割は果たしている。問題はあるが、必要な法律といえる」とする。

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 いくらが妥当なのか、だれもが迷っていた優先借地権の額で、神戸地裁は二月五日、初めての判断を示した。

 対象は神戸市長田区の土地約六十平方メートル。裁判官は「借地権の額は、更地価格の五割の五百十二万円」としたうえで、「そのままでは、借家人を保護する法の趣旨に反することになりかねない」と、約百万円を引き、四百十万円と判断した。

 「百万円の配慮」の根拠は、住んでいた女性(52)の「借家権」の半額だった。

 女性は「思っていたより高い」とし、弁護士は「実際に借家人保護にならない額だ」と話す。だが、女性は親類から借りて四百十万円を工面し、四月、店舗付き二階建てに着工する。

 裁判所の判断は、不動産取引にも影響を与えている。高額とされる額について、宮崎弁護士は「金額を下げ、地主にだけ我慢させるわけにもいかない」と、こう指摘する。

 「借地権への支出は住民が戻り、町をつくるためのものだ。それなら公的支援があってもよい。せめて権利金の半分でも補助があれば、再建が進むのだが」

1996/3/27
 

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