「遅くても五月末には着工するめどが立ちました」。古い木造住宅が広がる神戸市中央区日暮通。文化住宅跡の更地で、保田健さん(70)=仮名=は、ほっとした表情を見せた。
所有する文化住宅九棟、五十七戸は、二階が一階にのしかかる形で全壊した。周辺は大火にも見舞われている。下敷きになった住民は自衛隊などに助け出され、「入居者に死者が出なかったのは奇跡」という。
直後から、保田さんは再建に奔走し始めた。二十年来のつき合いが多かった住民には高齢者が多い。行き場を失ったその姿に、一日も早い再建を決意したという。
間取りや家賃を住民と相談し、工務店に設計を頼んだ。「四階建ての計画に、工務店からもっと積めると言われたが、工期を遅らせるわけにはいかなかった」と保田さん。
図面を手に神戸市を訪ねたのは、がれき撤去後の昨年五月。「トクモクチン(特目賃)」という聞き慣れない制度を勧められたのは、この時だった。
◆
特目賃は「特定目的借上公共賃貸住宅」という。同市が木造賃貸アパート、文化住宅などの再建促進策として導入した。
建設する側には、設計や共用部分などの補助が出る。入居者には家賃補助がある。二百平方メートル以上の敷地、二十九平方メートルの住宅(1LDKから2DK中心)十戸以上が条件だ。
特目賃と同様、特優賃と呼ばれる「特定優良賃貸住宅」制度があるが、こちらは、一つの住宅が五十平方メートル以上、百二十五平方メートル以下が対象になっている。
市住宅局は狙いを話す。「震災前も公営住宅に入れなかった人たちが、文化住宅などに入居していた。公営に準ずるという考えで、特目賃、特優賃による民間賃貸の建設を進めたい」
民間の再建をそのままにしておけば、短期間で入居者が入れ替わり、家賃値上げの機会が多い単身者向け住宅ばかりが建つ可能性がある。高齢者も入居できる住宅を、制度の活用で確保したいという。
◆
神戸・三宮のセンタープラザ内の市住宅供給公社・住まいの情報センター。土地所有者が連日、特優賃・特目賃の相談に訪れる。
「銀行などで説明会があると、翌日には決まって相談の列ができる」と公社の担当者。「高齢の地主には、億単位の投資は決心がいる。子どもと相談し、本当に迷いながらのようだ」
同市は住宅三カ年計画に、特目賃千八百戸、特優賃五千七百戸の建設を盛り込んでいる。
だが、今年一月末までに特目賃の事業認定は十三件二百九十一戸。市は、関心の高さから計画達成に自信を見せるが、「道路幅確保で、基準面積を確保できない」「土地所有者が複数に分かれ、調整が進まない」といったケースは多い。
「手続きに時間がかかる。もっと急いでほしい」とも保田さんは話す。
公社の事業予定表によれば、申し込みから市認定までに約四カ月、それから住宅金融公庫の審査が始まり、承認までに約二カ月かかる。さらに建築確認、建設省への補助金交付申請などがあり、着工は申し込みから十カ月後になる計算だ。
保田さんは震災後、入居者に「一年後には再建したい」と約束した。特目賃適用の最も早いケースになる見通しだが、完成は来春以降。「再建時期は結果的に違ったことを言ってしまった」と悔やんでいる。
1996/3/22