経済評論家 内橋克人を読む
■実質は加速する「菅路線」
前政権の「継承」をうたう菅・新政権の動きが本格化している。
安倍前政権の何を継承するのか。新首相の菅義偉氏が表明した「内閣の基本方針」にはアベノミクスの継承も掲げられた。国民の多くは継承とは前首相への「恭順の意」の表明であり、発足早々の内閣も「継承内閣」と思い込まされている。
だが、実質は異なる。菅・新政権が引き継ぐのは、他ならぬ菅・官房長官自身のレガシー(遺産)である。安倍前政権の国内向け「カンバン政策」のほとんどは〝メイド・バイ・スガ〟だったからだ。
同じ「基本方針」の中で、菅首相が官僚組織の頭上から浴びせたブラフ(脅し)もドスのきいたものだった。
「選挙で選ばれた私どもの決定に反対ならば異動してもらう」
菅氏の発する強圧的な言辞を機に、霞が関と官邸を結ぶ天空回廊では「忖度(そんたく)競争」が加速している、とキャリア官僚の1人は声を潜めた。
■コロナ禍の下の危険な兆候
霞が関は長らく「菅案件」と呼んできた。「ふるさと納税」「Go Toキャンペーン」、それらを遡(さかのぼ)る「内閣人事局」の創設もまた…である。沖縄・辺野古埋め立ての実質的な先導役も菅前官房長官の役割だった。
官僚組織を官邸の制御下におく-「官邸」独裁を現実のものとしたのは安倍・前首相のもとで官房長官を担い続けた菅氏だった。
ほぼ1年の「期限つき政権」とはいえ、その1期だけで「命脈尽きる」筋書きなど受け入れるとは考え難い。
「ふるさと納税」「Go Toキャンペーン」はじめ「菅案件」と呼ばれてきた政策と制度設計には共通の特徴がある。
第一に、「公共」といえども厭(いと)うことなく互いを競い合わせる。市場競争とは無縁と思われがちな「自治体と自治体」間に競争を持ち込む。「ふるさと納税」もその一つだ。自治体間競争は激しさを増している。
第二に、いかにも日本的な「ソントク感情」に巧みに訴える手法だ。
「ふるさと納税」でいえば、「納税者」に届くのは各地の特産品だけではない。年間所得の大小に応じて所得税・住民税が還元される。納税者、すなわち発注者の年収が高い層ほど、手にする減税額も大きくなる仕組みだ。
そして第三に、コロナ禍に打たれ、ロックダウン(都市封鎖)倒産寸前に追い込まれた企業体にも直接支援は避ける。デマンド・サイド(消費者側)を動員して巧みに巻き込み、結果において手をさしのべたことにする手法だ。
感染拡大の懸念をモノともせず、人びとのソントク感情に訴えかけて旅へと誘(いざな)う。「Go To…」に象徴される着想と手法の〝異様〟に改めて驚かされる。
新政権にとって「コロナ禍への対応」と「経済の再生」をどう両立させるか、最重要の課題であることはいうまでもない。
だが、1期から2期へ、とさらなる長期政権を目指すなら難題が待ち構える。
まずは「異次元・金融緩和」と称してきた量的緩和策の後始末だ。アベノミクスの置き土産-政府が国債を発行し、日銀がその大部分を引き受ける「虚の循環」-をいつまで続けることができるだろうか。
また、雇用の領域でなおも「失業・休業」の増勢にストップはかかっていない。コロナ禍による「消費の萎縮」に直撃されて職を失い、窮地に陥る人びとは増え続ける。菅首相の「自助、共助、公助」発言に対する鋭利な反発の空気は治まっていない。
さらに菅首相の「うっかり発言」で問題となり、打ち消しに迫られた「消費税引き上げ」論も含めて、遠からず「巨額・財政赤字」問題の国家的処理に手をつけざるを得なくなるだろう。その時は迫っている。
パンデミック(世界的感染拡大)とともに世界に広がっているのが「コロナ一元論」と呼ぶべき政治手法だ。全てを「コロナのせい」に帰して正当化する。「コロナ便乗」であり、すでに過去形となった安倍政権による財政支出のケタ外れの膨張ぶりがその典型例を示す。いま、わが国のGDP(国内総生産)はアベノミクスが始まる8年前の水準にまで戻ってしまった。菅政権の掲げる「アベノミクス継承」の遺跡はすでに消えている。
そのもとでなおも続く「マネー・ジャブ・ジャブ」(市場に円を供給し続ける)の日銀手法が株高を演出する。全てはコロナ禍対策として通り過ぎる。中央銀行による同様の手法が欧米主要国を覆い尽くすまでに至った。経済危機はこれからが本番との見方を消し去ることはできない。
菅義偉首相率いる新政権の経済政策から目をそらすことは、危険な兆候を黙してやり過ごす道につながる。監視の眼力を磨くべき時がきているのだ。
苦労人が苦労人の味方である、とは限らない。むしろ、その逆が現世の苛烈(かれつ)な輪廻(りんね)の現実ではないだろうか。
(うちはし・かつと=評論家)
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