その建造物は、姫路市の手柄山で独特の存在感を放つ。JR、山陽電鉄の車窓や、市立ひめじスーパーアリーナの建設が進む山裾からも目に入る。
「太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔」。1956年10月26日に完成し、太平洋戦争の空爆で犠牲になった全国約51万人の民間人をまつる。
山頂に突き立てた剣をイメージしており、高さ約27メートルの塔は「戦争という名の剣は二度と抜かない」という不戦の誓いを表す。足元に広がる日本地図には空襲に遭った都市が示され、左右に立つ側柱に都市ごとに犠牲者の数が刻まれる。
「空襲の民間犠牲者を慰霊する全国規模の施設は他に聞かない」。空襲被害を受けた全国110自治体でつくる一般財団法人「太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会」(姫路市)の山下和彦事務局長(63)はそう話す。
なぜ、そんな全国的な施設が姫路にあるのだろうか。
■団結を呼びかけ
2度の大空襲で焼け野原になった姫路市街地。終戦翌年の46年に市長に就任した故・石見元秀氏は「市単独では戦災復興の財源獲得という大仕事は不可能」として全国に団結を呼びかけた。47年1月、「全国戦災都市連盟」の設立総会が姫路市内で開かれ、発起人の石見氏が会長に就いた。























