庭の柿にツキノワグマが現れたかと思えば、ニホンザルが畑を荒らす。ため池では南米からやってきた外来種が勢力を伸ばし、ニホンジカは列車と衝突して広範囲にダイヤの乱れを引き起こす。私たちの暮らしと野生の生き物の接点は案外すぐそばにある。
2024年度新聞協会賞に選ばれた神戸新聞社映像写真部の連載企画「里へ 人と自然のものがたり」は、身近な環境に目を向け、人と生き物の間に生じる異変をクローズアップした。舞台に設定した「里」は互いが接する境界をイメージした。
センサーカメラや自動撮影カメラでアライグマやツキノワグマの素顔に迫り、際限なく増殖する水草や竹林はドローンで空撮した。炭焼きやかや刈りなど伝統的ななりわいを訪ね、社会の変化が自然界に及ぼしてきた影響にも目を凝らした。
人と自然界の関係が揺らぐなか、摩擦を防ぎつつ、調和を図るにはどうすればよいのか。これからも問い続けたい。
■自動撮影、失敗重ねた末に
警戒心の強い動物の撮影は、専門性が高くひときわ難易度が高い。取材時間が限られる中、自動撮影の仕組みがなければ、どの生き物にも肉薄できなかった。
企画を始めるまで、私たちに自動撮影のノウハウはなかった。まずは三田市内で生き物を撮り続ける中田一真さんに助言を仰いだ。心臓部となる赤外線センサーの制御や、カメラ端子とつなぐ加工は、科学工作教室の講師として活躍する姫路市の上橋智恵さんの力をお借りした。走りながら試行錯誤を繰り返し、最後の最後、最難関のクマを捉えることができた。
自動撮影の場合、生き物が現れる瞬間、私たちはそこにいない。だからこそ設置までが勝負だった。住民らに出没の傾向を尋ね、獣道や痕跡を探した。自分たちなりの予測の下、カメラを置いた。1週間ほどの周期で点検に通う。広大なフィールドに小さな額縁を一つ置いて帰ってくるような心細さだ。千枚撮っても成果がないことはざらだった。
昨秋、但馬地域の民家裏に設置した自動撮影カメラの前に1頭のクマが現れた。体長130センチ、体重80キロほどのオス。柿の実をむさぼって下りるまで一連の動きを計40コマに捉えた。
冬眠を控え、たっぷりと脂肪をため込んだ巨体は野生の迫力に満ちていた。その場所は昼間、住人が日常的に使う生活空間。兵庫ではかつて絶滅が危惧されたクマが人といかに近接した関係になりつつあるか、まざまざと見せつけられた。
▽受賞理由 新たな機材駆使、多彩に表現
日本新聞協会(東京)が発表した神戸新聞社の受賞理由は次の通り(抜粋)。
人と自然の接点となる里で野生動植物の生態を長期取材し、共生の課題を探る連載企画を、2022年4月から月1回、2年にわたり展開した。
赤外線センサーを用いた自動撮影の工夫や、ドローン、小型カメラなどの新たな機材を駆使した撮影手法が効果を発揮し、野生生物の姿を活写した。鮮やかな色彩と光の濃淡を生かす写真表現により、バリエーション豊かな紙面に仕上げた。
気候変動や外来種など生態系の課題にレンズを向け、変化する自然との関わり方を問いかける質の高い企画として高く評価される。
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当連載は、代表の小林良多のほか、映像写真部の山崎 竜(デスク)、鈴木雅之(現報道部)、中西幸大、笠原次郎、斎藤雅志、吉田敦史(現阪神総局)、秋山亮太(現丹波総局)、紙面編集部の吉川恭代、報道部の石崎勝伸(現文化部)で担当しました。