阪神・淡路大震災は17日、発生から31年を迎える。再開発が進む神戸では、巨大なビルも建設中で、港には新たなにぎわいが生まれつつある。でも、この街には、そこかしこに被災の記憶が刻まれている。目を凝らし続けたい-。あの日からの復興の歩みを忘れないために。

■三宮の阪急ビル

被災後に新築オープンを控えた神戸阪急ビル東館。震災で損壊し、解体された旧ビルの跡地に建設。映画館のほかスーパーや雑貨店がテナントに入った=1995年11月23日、神戸市中央区加納町4

2021年4月に建て変わって開業した神戸三宮阪急ビル。震災後は長く、暫定的なビルが三宮を行き交う人たちを見守ってきた=2025年12月12日、神戸市中央区加納町4(撮影・鈴木雅之)

■神戸大橋・仮設橋跡

神戸大橋修復工事のため、橋の中ほどから新港第3突堤まで全長約400メートルの仮設橋が設けられた。工事の終わる1996年6月まで使われた=1995年8月1日、神戸市中央区

仮設橋が延びていた神戸大橋と突堤の間には、穏やかな海が広がる。港の風景も変わった=2025年12月9日、神戸市中央区新港町から望む(撮影・斎藤雅志)

■神戸国際会館

1956年の開館以来、三宮の顔として歴史を刻んできた神戸国際会館は全壊し、取り壊しが決まった。この日は舞台関係者によって送別式が行われた=1995年2月19日、神戸市中央区御幸通8

阪神・淡路大震災で全壊し、建て替えられた神戸国際会館=2025年12月11日、神戸市中央区御幸通8(撮影・吉田敦史)

■長田区・市民球場跡

被災地に仮設住宅が建てられる場所は多くなかった。かつてプロ野球や高校野球の熱戦が繰り広げられた神戸市民球場でも設備をそのままに工事が進んだ=1995年2月13日、神戸市長田区蓮池町

仮設住宅が並んだ神戸市民球場は公園となり、子どもたちが野球の練習に打ち込む=2025年11月22日、神戸市長田区蓮池町、西代蓮池公園(撮影・大田将之)

須磨区民センター

神戸の待機所と学校などの旧避難所では計860人が生活していた。待機所で暮らす男性は「家も工場も燃えた。好きでここにいるんじゃない」と語った=1995年12月29日、神戸市須磨区、須磨区民センター

震災後に待機所となっていた旧須磨区民センター。現在は市民らが運動などを楽しむ場所として活用されている=2025年12月10日、神戸市須磨区中島町1(撮影・丸山桃奈)