2007年の播磨町議選に無所属で立候補した。きっかけは、子ども2人が通っていた小学校の廃止の議論の進め方だった。保護者への説明がほとんどなく、当事者が置いていかれていると感じた。「町政がこのままではだめだ」という思いが政治を志した原点だ。
結果は落選だったが、その後は英会話教室の講師をしたり、障害者施設で利用者と一緒にイチゴを栽培したりして過ごしてきた。
転機は2年前の衆院選。長女が熊本県の選挙区から共産新人として立候補した。選挙を手伝う中で、党の一貫した平和主義や護憲の考え方、党員の人柄に共感し、入党を決意。今回は地元の元兵庫県議から打診を受け、一度は断ろうと思ったが、「右傾化する日本の現状にブレーキをかけたい」と立候補を決意した。
20年前の町議選では、人前に立つのが恥ずかしく、満足な選挙活動ができなかった。その後、年齢を重ねることで、「前よりずぶとくなった。今回は恥ずかしくない。精いっぱい戦う」と意気込みを語った。(斎藤 誉)
【メモ】1965年、千葉県流山市生まれ。津田塾大学芸学部卒。就職を機に兵庫に来た。家でウサギの「ブチコ」を愛でるのが息抜き。幼少期を英国で過ごし、英検1級を保持する。
【衆院選の特集ページ】兵庫県内の立候補者一覧























