2020年6月4日朝、兵庫県宝塚市。静かな住宅街に立つ一軒家で前代未聞の惨劇が起きた。ひきこもりだった当時23歳の男が同居する祖母と弟、そして別々に暮らす母と伯母をクロスボウ(洋弓銃、ボーガン)で次々と撃ち、3人が死亡。1人が重傷を負った。事件はクロスボウが簡単にネットで購入できる法の抜け穴も浮き彫りにし、銃刀法を改正する契機となり、全国の注目を集めた。惨劇はなぜ起きたのか。神戸地裁であった計6回の公判で明らかになったのは、それぞれ障害や困難を抱える野津たち家族の苦しみだった。
■家族らにクロスボウ発射、駆け付けた警察官を見て「やっと始まったな」
野津英滉(ひであき)(28)。母と弟、祖母を殺害し、伯母に重傷を負わせたとして殺人と殺人未遂罪に問われている。公判によると、事件発生当日の経過は次のようなものだった。
午前2時ごろ、野津は1階の祖母の部屋をそっとのぞいた。クロスボウを構えて狙ったのは祖母の側頭部。事前にネットで調べて、骨の最も薄い部分だという知識を得ていた。だが、寝ている祖母の角度が悪く、いったん断念する。午前5時過ぎに祖母がトイレに立った音が聞こえた。階段から再びクロスボウを構える。放った矢は狙い通り側頭部を打ち抜き、祖母は便器に倒れ込み、死亡した。
続いて午前6時ごろ、起床してきた弟が歯磨き中に背後から近づき、側頭部に発射。一撃で絶命しておらず、2時間ほどそのまま放置し、午前8時半に再度矢を撃った。
続いて来訪予定の伯母に電話している。2階への階段途中で待ち構え、伯母が家に入り弟の遺体を見て動揺したところを矢で撃った。伯母は意識があり、身動きができた。野津は「黙ってここにいろ。変なことをしたら殺す」と脅して動きを制限した。
母にはLINE(ライン)で「急用があるから早く来い」と連絡。20~30分後に自宅に到着した母にもクロスボウを使い、左側頭部を撃って即死させた。
逃走した伯母が警察を呼び、警察官が駆け付けた時、野津は「やっと始まったなという気持ちだった」と述べている。
「後悔や罪の意識はありません」「このまま早く死刑になりたい」。公判で野津が表情を変えることは一切なかった。
■浮かび上がる一家の暮らし。死刑になるために襲撃を計画
公判では苦悩を抱えた家族の暮らしぶりが浮かび上がった。
野津は知能指数自体は平均を上回っていたものの、中学生の頃に、対人コミュニケーションが苦手な自閉スペクトラム症(ASD)と、強迫性障害と診断された。母親もASDの特性と知能の低さがあり、1歳下の弟は注意欠陥多動性障害(ADHD)を抱えていた。
カップ麺の残り汁にごはんをいれただけの食事。兄弟けんかをすれば母が家出して帰ってこない日もあった。
野津は「友達の話や弁当の中身を見て、周囲の家庭とは違うと違和感を覚えた」と幼少期を振り返っている。何より愛情に飢えていた。「いつも弟が優先され、私は血のつながりのない里親のところに言った子どものように感じていた」と孤独感にさいなまれていたことを明かしている。
やがて、不安定な生活に強い不安から風呂やトイレに何時間もこもる生活となり、「全ての原因は母のせいだ」と一方的に恨みを募らせるようになる。
中学時代に環境を一新させようと祖母宅に移り、一時は落ち着いたものの、大学生になると家族と再び同居するようになり、症状が悪化。学校やアルバイトにも行けなくなり、部屋に引きこもるようになった。
「家族のつながりからは逃れられない」。将来、目指していた警察官にもなれない。悲観した野津は自殺を考える。だが、「このまま自分が死んでも、家族は都合のいい理由で解釈するだろう。それが一番許せない」と怒りと絶望を募らせ、ついに「死刑になるために家族全員を殺害する」と決意する。
■生き残った伯母「家族の目線は全く違う。あなたに拒絶された」
だが、被害者参加人の伯母は野津の動機や経緯を法廷で聞き、家族の目線は全く違ったのだと強調した。
母も弟も祖母も、それぞれの立場で野津を思い、できる限り支えてきたといい、涙ながら「決してあなたを排除したいんじゃない。一緒にいてほしかったのに、あなたに拒絶されていた」と家族の苦悩を語った。
そして訴えた。「あなたは私から家族4人を奪った」「でも、あなたの行動は絶対に許されることなんてない。死ぬ瞬間まで後悔し、苦しみ、3人にざんげし続けてほしい」
野津は二つの発達障害を抱えていたが、こうした障害がある人が犯罪行為を起こしやすいのではなく、むしろ周囲の理解やサポートがあれば優れた能力を発揮することもある。だが、野津が社会から支援を受けた形跡も、一家が継続的に支援を受けた形跡もない。
公判からは、困難を抱えた家族の中で葛藤し、孤立を深めていく野津の姿も浮かび上がる。
野津は事件の事実関係を認め、裁判は刑事責任能力の有無や量刑が争点となっている。
検察は計画性と責任能力を主張し死刑を求刑。弁護側は心神耗弱で懲役25年が妥当と訴えた。判決は10月31日に言い渡される予定だ。(呼称・敬称略)

























