「妙顕寺城」推定地の発掘調査で見つかった外堀=6月、京都市中京区(文化財サービス提供)
 「妙顕寺城」推定地の発掘調査で見つかった外堀=6月、京都市中京区(文化財サービス提供)

 豊臣秀吉が京都に築いた初めての拠点とされる「妙顕寺城」推定地(京都市中京区)の発掘調査で、外堀が見つかったことが21日、分かった。発掘した民間調査会社「文化財サービス」(同市)によると、城跡で遺構が見つかったのは2例目で、堀の確認は初。規模が小さいことから、城が仮の拠点だった可能性がある。

 妙顕寺城は、秀吉の主君である織田信長が討たれた本能寺の変(1582年)の翌年から、京都の屋敷として築城された。文献には、天守や外堀もあったと記録されている一方、城の遺構は2024年に池の跡が見つかった他は確認されていなかった。

 発掘調査は今年3~8月、妙顕寺城跡と推定されるマンション建設予定地で行われた。