神戸市長田区にあるサービス付き高齢者向け住宅「ルミエールしかまつ」は2015年12月にオープンした。重度の認知症の人も積極的に受け入れている。私たちが、ここで2年間暮らしている大森里子さん(82)=仮名=に出会ったのは、2度目に施設を訪れた8月中旬のことだった。
昼ご飯を食べている入居者の中に、車いすに座った里子さんがいた。気になるのか、口の中に指を入れて入れ歯を触っている。
長女の山下香さん(56)=仮名=に話を聞く。
里子さんは家族と長く神戸市長田区に住んでいた。「ルミエールしかまつ」からも近い場所だ。夫は1994年12月に亡くなり、年が明けて阪神・淡路大震災が起きる。既に香さんは結婚し、長男も仕事で神戸を離れていた。
住み慣れた家は全壊と判定された。里子さんは神戸市北区の市営住宅に入るが、震災から5年ほどたったころ、自力で自宅を再建する。「自分の家に帰りたかったんやと思います。人と話すのが大好きで、ご近所付き合いもあったので」。香さんが里子さんの気持ちを代弁する。
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認知症の症状がひどくなってきたのは「ルミエールしかまつ」に入居する少し前のこと。外出して帰れなくなったり、ごみを近所の家の前に出したりすることがあった。
ある日、香さんが里子さんの家を訪れると、食パンが50袋ぐらい山積みになっていた。冷蔵庫にはうどんがたくさん入っている。「『どうして、こんなに買ったの』と聞くと、母は『そうやねん、分からんねん』って、自分のことでないような感じでした」
それでも、入居したばかりのころは自力で歩いていた。地元で暮らしている安心感もあったのだろう。施設の職員に「私の家、この道、真っすぐ行くねん」と話すこともあった。脇腹をくすぐられると「もーっ」と笑った。
だが、今は会話ができず、表情もほとんどなくなっている。「赤ちゃんみたいになっちゃって」。香さんがいとおしそうに見つめる。
里子さんは住み慣れた地域で、人生の終章を静かに生きている。
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「ルミエールしかまつ」での取材を終えた私たちは、滋賀県東近江市へと向かった。住民同士で見守り合う地域があるという。
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