私たちは、認知症だった夫を殺害した山田弘子受刑者(70)=仮名=の裁判員裁判に通った。
「相談に乗ってくれる人は?」「頼れる人は?」。裁判官の質問に、被告席の山田受刑者は「いません」と繰り返した。
「では、近所づきあいはありましたか?」。そう問われて、初めて気付いたように、理容業を営む田中明子さん(69)=仮名=を挙げた。
「安易に殺害を選択して短絡的」として、懲役3年の判決が言い渡された後、私たちは田中さんに会いに行った。
田中さんの理容店は、山田受刑者の自宅すぐ近くにある。夫とともに、30年以上の客だったという。
「2人はいつも一緒に歩いてた。でも、2人がどこの誰なのか、知る人はほとんどいないと思う。自治会活動もないし、民生委員も誰か分からない」と田中さん。
神戸の都市部の住宅街。ここでも高齢化が進み、飲食店の閉店が目立つ。地域のつながりは見えてこない。
山田受刑者と夫はそれぞれ乳がん、胃がんを患っていた。借金もあった。夫の認知症はどんどん重くなっていく。
そして、事件は起きた。
田中さんが言った。「ご主人が認知症なのは知ってたけど、奥さんがそこまで思い詰めてたとは思わなかった。気付いてあげられへんかった」
事件後、田中さんは「ほっとかれへん」と拘置所に手紙を出した。すると、「本当に私は取り返しのつかない事をしてしまいました」と書かれた返事が届く。やりとりは刑務所に移った後も続く。
どんな支えがあれば、よかったのだろう。
9月になり、田中さんは思い切って刑務所に面会に出掛けた。山田受刑者は涙を流して謝罪の言葉を繰り返し、「もっと相談すればよかった」と話したという。
10月、田中さんの元に届いた山田受刑者の手紙には、こうつづられていた。
「私は誰も相談する人が居ないと決め付けていました。本当にごめんなさい」
誰かに相談していれば、様子に気付いて声を掛けてくれる誰かがいれば…。そう思わずにいられない。
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