私たちは滋賀県東近江市や相生市などで、認知症や終末期の人たちを地域で支える様子を見てきた。ほかに各地で相談窓口の開設などの動きが広がるものの、支援が届かない高齢者、1人で介護を抱えて悩みを深める家族はまだまだ多い。
連載の最後に、近畿地方の刑務所に服役している山田弘子受刑者(70)=仮名=の話をしたい。
山田受刑者は昨年9月、神戸市の自宅で認知症だった夫で70歳の孝夫さん=仮名=を殺害したとして逮捕された。
私たちは今年5月、神戸地裁の法廷で初めて山田受刑者の姿を見た。灰色のブラウスとズボンをはき、白髪を後ろで束ねている。開廷前からずっと泣いていた。
裁判では、2人は1983年に結婚し子どもはいなかったこと、孝夫さんが2016年にアルツハイマー型認知症と診断されたことなどが明らかにされた。
被告席の山田受刑者が弁護士の問いに答えていく。「トイレやお風呂で機嫌が悪くなる。肉体的にしんどかった。トイレでお尻を拭こうとすると『きちゃない、はよ取れ』と言われる。睡眠はあまり取れていなかった」
質問が犯行当日のことに移る。殺害方法はベルトやストッキングで首を絞め、座布団で顔を押さえつけるなどしたとされる。「主人のベルトが目に入ったとたん、首にかけていた」と山田受刑者が振り返った。
弁護士「当日まで普通に過ごしていたのに、なぜ?」
山田受刑者「前日かその前の日、寝る時に『ご飯まだ?』と言われ、『食べたでしょ』と返すと、いきなりほっぺたをたたかれ頭を殴られた。不安が増しました。すごく疲れていて腰が痛くなってきていたし、動けなくなったらどうしよう、と。今は私のことを『おかあちゃん』って呼んでくれてるけど、誰か分からなくなったらどうしようと不安が込み上げた」
弁護士「殺すのは極端な行為だが、どうしてそこまでしたのか?」
山田受刑者「どうしてだか分かりません」
この後、裁判官が質問した。「相談できる人は?」
山田受刑者「いませんでした」
裁判官「(服役を終えて)社会に出た時、頼れる人はいますか?」
山田受刑者「いません」
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