滋賀県東近江市の旧永源寺町に住む上田満さん(93)に最期のときが近づいている。満さんは妻の昌子さん(85)と2人暮らし。昌子さんは重い認知症だ。
斜め向かいに長男の哲(さとし)さん(59)一家が住んでいるが、哲さんも妻のきよみさん(58)も、日中は仕事で留守にすることが多い。それでも「2人でずっと過ごしたい」と話していた両親の意思を尊重し、住み慣れた自宅で介護することを選んだ。
哲さんの選択を、きよみさんの助けと永源寺診療所所長の花戸(はなと)貴司医師(49)への信頼が支える。「妻には感謝している。先生は、困ったときに頼れるところがあるっていう安心感が大きい。自分たちの先生っていう感じだな」
10月最後の日曜日、満さんは自宅で息を引き取った。妻の昌子さんと、哲さん夫妻がそばにいた。穏やかな表情だったという。
◇ ◇
私たちは診療所で花戸医師の話に耳を傾けている。
旧永源寺町は交通が不便で、医療や介護の人材も不足している。「患者も家族も家で最後を迎えたい。じゃあどうすれば、今ある人的な資源で、家で安心して最期まで暮らせるようにできるのか」
考えた末に行き着いたのが「地域」だった。「こちらから助けを求めに行きました。『こんなおじいさんがいるけれど、どうしたらいいやろ?』って。民生委員に、近所の住民に相談を持ちかけた」
すると、住民からも困りごとを相談されるようになる。「10年ぐらいかかったかな。腹を割って話せるようになるのに」と思い返す。
相談が相談を呼び、人と人がつながって、何となく集まりができた。それが「チーム永源寺」。中心に花戸医師。事務局はなく、集まって情報を持ち寄り、関係を築く。いざというときは協力し合う。緩い集合体だが、強く結びついている。
◇ ◇
花戸医師は取材中、何度か「永源寺の取り組みは、都市部でもできると思います」と口にした。都市部には趣味の仲間や勤め先の同僚など、地方のコミュニティーとは違う結びつきがある。「この指止まれって感じで、医療や介護の専門職と、そういうコミュニティーとを結ぶ。そして地域をつなげる。できますよ」
私たちはヒントを探しに東京へ向かった。
2019/11/8【募集】ご意見、ご感想をお寄せください2019/10/29
<インタビュー>下河原忠道さん 認知症への偏見変えたい2019/12/4
<インタビュー>菅原健介さん 福祉ではなく、まちづくり2019/12/4
読者からの手紙2019/12/4
(20)いろんな人を巻き込んで2019/11/19
(19)「見送るまで元気に過ごす」2019/11/18
(18)「相談すればよかった」2019/11/17
(17)「頼れる人、いません」2019/11/16
(16)超高齢化はおもしろい2019/11/15
(15)認知症「困った人」じゃない2019/11/14
(14)理解者いる場所が住まい2019/11/13
(13)最期までこの町とともに2019/11/12