川沿いの国道を車で進む。運転するのは滋賀県東近江市の永源寺診療所所長、花戸(はなと)貴司医師(49)だ。私たちは診療所から約10キロ離れた上田満さん(93)、昌子さん(85)夫妻の訪問診療に同行した。
「昌子さんは重い認知症、満さんは寝たきりです。息子さんが向かいの家で暮らしています」。車中で花戸医師が私たちに説明してくれる。
夫妻の家に到着すると、満さんは和室の介護ベッドで、あおむけになって目をつむっていた。3月ごろに大腿骨(だいたいこつ)を折り、寝たきりになったそうだ。隣で横になっていた昌子さんが起き上がり、花戸医師を見て「はな、はな」と口にする。花戸医師が「当たってる」と頬を緩めた。
◇ ◇
上田さん夫妻の斜め向かいに住む長男哲(さとし)さん(59)を訪ねた。両親の介護生活は4年半ぐらいになるという。初めは満さんが大腸がんの手術を機に弱ってしまい、昌子さんが面倒を見ていた。ところが、昌子さんにも異変が見られるようになる。ちょっとした変化に気付いたのは家族ではなく、近所の人だった。
哲さんが当時を振り返る。「すぐそばのお寺で地域の住民が集まる会があって、そこで母が何回も同じことを話したり、物忘れをするようになったりして…。みんなが『おかしい』って」
昌子さんは病院で認知症と診断され、あっという間に食事を作れなくなった。満さんの体もさらに弱り、花戸医師の訪問診療が始まる。
哲さんや妻のきよみさん(58)には仕事があり、日中は両親だけの生活になる。「2人がもう少し元気な時、『このまま一緒にいたい』と言っていた。不安もあるけど、ここまできたら自宅で過ごさせてあげたいね」。哲さんがしみじみと語った。
◇ ◇
「元気かー」。上田さん夫妻の家を近所の人たちが訪れ、声を掛ける。散髪屋を営んでいた女性は、はさみやバリカンを手にやってきて、夫妻の髪を整えてくれる。
「それに、花戸先生やケアマネジャーがうちの妻のことを気遣ってくれ、本当に助かっている。先生には『朝起きて、父の心臓が止まってても救急車は呼ばず、先生に連絡する』って話してる」
淡々とした哲さんの口調に覚悟がにじむ。
2019/11/7【募集】ご意見、ご感想をお寄せください2019/10/29
<インタビュー>下河原忠道さん 認知症への偏見変えたい2019/12/4
<インタビュー>菅原健介さん 福祉ではなく、まちづくり2019/12/4
読者からの手紙2019/12/4
(20)いろんな人を巻き込んで2019/11/19
(19)「見送るまで元気に過ごす」2019/11/18
(18)「相談すればよかった」2019/11/17
(17)「頼れる人、いません」2019/11/16
(16)超高齢化はおもしろい2019/11/15
(15)認知症「困った人」じゃない2019/11/14
(14)理解者いる場所が住まい2019/11/13
(13)最期までこの町とともに2019/11/12