ラーメン店に入って、ラーメンを頼まずに杏仁豆腐だけ食べて帰る。そんな人が実在するという話を聞いたら、驚かれるかもしれません。しかもその店、ラーメンだけで33種類もあるのです。
その店の名前は「中国ラーメン揚州商人」。首都圏を中心に38店舗を展開する中華料理チェーンで、「中国ラーメン」というジャンルを日本に根づかせたパイオニアでもあります。にもかかわらず、いまや看板メニューの座を奪いかけているのが、5人に1人が注文するデザートの「夢ごこち杏仁豆腐」なのです。
この杏仁豆腐は、ただのデザートではありません。口に入れた瞬間、ソフトクリームのようにすっと溶け、ミルキーな香りがふわりと広がります。かなり甘めの味付けなので食後の一品としてはもちろん、カフェ感覚でこれだけを目当てに来店する人もいるそうです。
■ラーメン店なのに杏仁豆腐が主役? その“夢ごこち”の舞台裏
「夢ごこち杏仁豆腐」が誕生したのは約30年前。創業者・三好比呂己さんが自宅で試作を重ねて生み出したもので、現在でもレシピや製法はほとんど変わっていないそうです。当時は牛乳寒天のような杏仁豆腐が主流でしたが、「洋菓子のような新しいスイーツを作りたい」との思いから開発が始まりました。
最大の特徴は、なんといってもそのなめらかな食感です。レシピは0.1グラム単位で配合が決められており、粉の調合はセントラルキッチンで行われます。仕上げは各店舗で調理されますが、温度や混ぜ方、時間によっても食感が変わるため、実はラーメンよりも難しいメニューなのだそうです。
中華料理人とパティシエでは、仕事の進め方がまるで違います。パティシエは材料の配合や手順を厳密に守る文化があり、この杏仁豆腐もまさにそのスタイルで作られています。生クリームは独自の配合で、口溶けの良さとコクを両立。完成までには何度も試作を重ねたとのことです。レシピは門外不出で、社内でもごく一部の人しか知らないそうです。取材しても「企業秘密です」とのことでした。
■中国ラーメンの伝道師は、揚州からやってきた?
揚州商人のルーツは、創業者の祖父が中国・揚州から日本に渡ってきたことに始まります。大正時代に来日し、昭和30年代には中華料理店を開業しました。その流れを受けて、1988年に「活力ラーメン元氣一杯」としてスタートし、1990年には「中国ラーメン揚州商人目黒本店」をオープン。日本ではまだ珍しかった「中国ラーメン」というジャンルを確立しました。
「中国ラーメン」とは、日本のラーメンとは異なり、中国の食文化を原点とした製法や味付けが特徴です。揚州商人はこのスタイルで多くのファンを獲得し、現在では4代目まで続く老舗となっています。店舗は繁華街からロードサイドまで幅広く展開しており、特に渋谷センター街店は平日10時開店、翌朝8時閉店という長時間営業。土日は24時間営業で、深夜にはクラブ帰りの若者やインバウンド客でにぎわっているそうです。
■月額300円で杏仁豆腐が無料? サブスクの実力がすごい
揚州商人では、2021年8月から月額税込300円の「プレミアム会員サービス」を展開しています。公式アプリは168.5万ダウンロードを突破し、いまや人気のサブスクとなっています。このサービスでは、麺類や炒飯を注文すると、3つのサービスから選べる仕組みになっています。サービス1では、530円の杏仁豆腐を含む5品から1品が無料。サービス2では、麺・炒飯の大盛り無料、3品の中から1品無料、または指定ドリンクが200~300円で何杯でも注文可能です。そして2025年7月から追加されたサービス3では、14品の小皿料理の中から1品が半額で注文できます。
たとえば、サービス1で杏仁豆腐(530円が無料)、サービス2で700円の生ビールを2杯(300円×2杯)、サービス3で620円のパーコー塩山椒付(半額の310円)を選んだ場合、月額300円のサブスクを使えば、通常よりも1,640円もお得になる計算です。実際にお酒を飲むお客さんからは、小皿料理がちょっとした酒のツマミになると大好評とのこと。
ラーメンを食べたい人も、杏仁豆腐だけ食べたい人も、そしてビール片手に小皿料理をつまみたい人も。揚州商人は、どんな食欲にも応えてくれる懐の深いラーメン店です。ラーメン店なのに、デザートで夢ごこち。そんなギャップもまた、人気の理由なのかもしれません。
(まいどなニュース特約・鈴木 博之)