「もう限界かもしれない」
シングルマザーの佐藤美穂子さん(21歳・仮名)は、体のだるさを抱えながらスーパーのレジに立っていました。パートで月8万円の収入。娘の保育料と光熱費を払えば、残るのは2万円ほど。数日前から続く微熱にふらつきながらも、「休んだら生活費が足りなくなる」と無理に働いていました。
離婚した元夫からは、約束されていた養育費も途絶えています。最初の数カ月こそ振り込みがありましたが、元夫が再婚したのを機に音信不通に。取り立てようにも弁護士費用を払う余裕はなく、結局、頼る相手のいないまま時間だけが過ぎていきました。
その夜、ついに倒れ込み、娘の泣き声を聞きながら思ったのです。
--このままでは親子ともに共倒れになる。
頭に浮かんだのは生活保護。しかし同時に「親に知られたらどうしよう」という恐怖もよぎりました。
美穂子さんは高校を中退して家を出て以来、両親とは一切連絡を取っていません。父はアルコール依存で、同居していた頃は、酔うと「しつけ」と称して殴られました。高校時代のアルバイト代も「家に金を入れるのは当然だ」と全額取り上げられ、美穂子さんの手元には一円も残りませんでした。母はそれを黙って見ているだけ。ある日父親に「勘当だ」と言われ、家を追い出されてしまい、美穂子さんはバイト先で知り合った男性の家に転がり込み、そのまま結婚しました。元夫と離婚したあとも、両親とは絶縁状態が続いています。
もし居場所がバレたら、また金銭を要求されるかもしれない。何より、小さな娘がいることを知られて、自分が受けたのと同じような目に遭わせるかもしれない。そんな恐怖が美穂子さんを縛っていました。
■「扶養照会」という壁
生活保護を考えるとき、多くの人が不安に思うのが「扶養照会」です。
養照会とは、自治体が生活保護申請者の親族に対して「経済的援助が可能かどうか」を確認する仕組みです。原則三親等までの親族に対して、書面で問い合わせが届くことになります。
特別な事由がない場合には、原則としてこの扶養照会が行われることになります。つまり、「生活保護を受ける」という事実が、望まない親族に必ず伝わってしまう可能性があるのです。
実際には、親族が援助につながるケースは100件に2件程度。ほとんどが「援助できない」と答えるのが実態です。それでも、「知られるだけで十分に怖い」「居場所がバレるかもしれない」という恐怖が、生活に困窮する人々を生活保護申請から遠ざけているのです。
■美穂子さんの選択
体調が回復せず欠勤が続いたある日、美穂子さんは意を決して市役所に相談に行きました。
これまでの経緯を話し、生活保護を受けたいけれど、親に連絡されるのは困ると、正直に伝えました。担当職員は丁寧に耳を傾け、こう説明しました。
「DVや長年の絶縁など事情がある場合、扶養照会は省略できます。援助できない親族が多いのが実態ですし、何よりも生活を守ることが優先です」
■よくある誤解と本当のこと
「扶養照会」と聞くと、以下のような勘違いをしている方が多いです。
▽誤解① 扶養照会で親族が生活保護を断ったら、生活保護は受けられない
そんなことはありません。扶養照会はあくまで「確認」であり、仮に断られたとしても、生活困窮の状況が続いていれば、受給できることがほとんどです。
▽誤解② 「照会しないで」と言ったら申請が通らない
これも誤解です。DVや音信不通などの事情があれば、扶養照会は省略できます。申請時にきちんと伝えることが大切です。
▽誤解③ 親族に恥をかかせてしまう
生活保護は「国民の権利」。病気や離婚、失業など、誰にでも起こり得る困難に備えた制度です。恥ずかしいことでも、親族への迷惑でもありません。
■照会が省略されるケース
・DVや虐待を受けていた
・10年以上音信不通
・親族自身が金銭的な問題を抱えている
こうした事情があれば、扶養照会は省略されます。多くの自治体では「扶養照会に関する申出書」で意向を確認できる仕組みも整っています。
■相談の一歩が、暮らしを変える
美穂子さんは最終的に、福祉事務所のサポートを受けて生活保護を申請しました。扶養照会は実施されず、今は無理なく娘を育てられる生活を取り戻しています。「もっと早く相談すればよかった。元夫のことも親のことも、ずっと怖かったけれど、制度と人に支えられて生きていけるんだとやっと分かりました」
扶養照会は、申請者本人の意思に寄り添って、実施しないことが可能です。自治体の窓口や、社会福祉士、行政書士などに相談してみるとよいでしょう。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症2型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。
(まいどなニュース/もくもくライターズ)
























