C子さん(40代・会社員)は夫と小学生の子どもとともに、都内のマンションで暮らしています。共働きのため平日の帰宅は遅く、宅配便の再配達が続くのが悩みの種でした。そんなとき耳にしたのが、「配達員がマンションのオートロックを一時的に解除できるようにする」という話です。
C子さんは「再配達が減って助かる」と思う一方、頭をよぎったのは「誰でも入れてしまうのでは? 」という不安でした。そして、悪意を持った人が玄関をすり抜けてくるかもしれないと考えると、とても賛成できる話ではないと考えます。
便利さを取るか安全を取るか、この“紙一重”ともいえるテーマについて株式会社ファインド代表取締役で、元警視庁警察官の林田海志さんに話を聞きました。
■オートロックは“完全な防御壁”ではなく“不審を察知するための境界線”
ー便利さと防犯は両立できるのでしょうか?
置き配が生活に定着した今、配達員がオートロック内に立ち入る必要性自体は合理的だと考えます。しかし、防犯上の問題は、“入れるかどうか”ではなく、“どんな管理体制のもとで入れるか”という点にあります。
現在の宅配業界は再委託が進んでおり、統一されたユニフォームや身分証明の徹底が必ずしもなされていません。つまり、『配達員=安全』という前提は成立しないのです。
そのため、性善説に依存した防犯には限界があるため、どの業界にも一定数、悪意を持つ人が存在するという現実を前提に、仕組みを設計する必要があります。便利さと防犯の両立は、そこにかかっていると考えます。
ーでは、どのような仕組みの設計が必要になるのでしょうか。
防犯の要は、“悪用しようとしても発覚しやすく、割に合わない仕組み”をつくることです。
顔写真付きの入退館ログの記録による追跡性の確保、制服や識別証の着用義務化による権限の明確化、そして不正利用に対する罰則強化による抑止力の付与。
この『可視化・明確化・抑止』の三点が、防犯の基本構造です。
ー国が検討している「共通解錠システム」についてはどう見ていますか。
私は賛成です。ただし条件付きで。配送会社ごとに仕組みが違うと、管理側も住民側も把握が難しく、運用ミスにつながります。共通化によって「正しい」「不審」の判断基準が明確になる点は、防犯上も大きな意味があります。
一方で、注意すべきは住民の警戒心が薄れることです。「配達員なら入れるのが普通」という思い込みが生まれると、不審者が“配達員を装う”ことが容易になります。 つまり、境界線が曖昧になることで「異常」を見抜く力が鈍ってしまうのです。
オートロックは「安心を作る装置」ではなく、“不審に気づくための境界線”。その境界線をどう扱うかが、安全を左右します。
利便性と防犯は、どちらかを優先し、どちらかを諦めることではありません。便利にしても安全性が損なわれない状態を先に作ること。この順番を誤らない限り、共通解錠システムは十分に有効な仕組みになり得ます。
ー住民が日常で意識すべきことはありますか。
防犯とは、過剰な恐怖で身を固めることではなく、“遭遇する確率を下げる習慣を持つこと”です。たとえば周囲を観察する、違和感を無視しない、駆け込める場所を知っておく。こうした小さな行動の積み重ねが、防犯の実効性を高めます。
オートロックなどの設備は、安心を「つくる」ものではなく、不審を見極めるための“気づきの手がかり”を与える道具です。
つまり、安全は設備そのものではなく、それをどう使い、どんな意識で生活するかによって守られるものなのです。
◆林田 海志(はやしだ かいし)
株式会社ファインド 代表取締役/元警視庁警察官。防犯相談サービス「OMAMORI」、防犯カメラ運用支援「MIERU」を展開し、不動産管理会社・自治体・企業に対し、防犯設計とリスクマネジメント体制の構築支援を行う。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)
























