トランプ氏/americanspirit(c)123RF.COM
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2月末、世界は再び戦慄の渦に包まれた。米国がイスラエルと共同でイランへの大規模な軍事攻撃を断行し、イランの最高指導者ハメネイ師が死亡したことが発表された。

今年初頭のベネズエラ軍事介入に続き、米国はわずか数カ月の間に二つの主権国家に対して直接的な軍事攻撃に踏み切ったことになる。これらの事態は、単なる一地域の紛争激化を意味するのではない。第二次世界大戦後の国際社会が形作ってきた「法の支配」が瓦解し、弱肉強食の「力の支配」へと移行していることを顕著に示す転換点である。

■国際法の根幹を徹底軽視するトランプ政権

トランプ政権の一連の行動に共通しているのは、国際法の根幹である主権平等と武力行使の禁止に対する徹底した軽視である。国連安保理の正当な決議を経ることなく、自国の利益や同盟国の安全保障を大義名分として他国の最高指導者を物理的に排除する行為は、国際秩序を支えてきた法的枠組みを根底から覆す暴挙と言わざるを得ない。

かつての国際社会においては、軍事介入には厳格な正当性が求められ、少なくとも対話や経済制裁といった外交的手段を尽くすプロセスが不可欠な儀礼として存在していた。しかし、現在の米国にその矜持は見当たらず、自らの戦略的利益や国内向けの政治的パフォーマンスのためであれば軍事的手段を躊躇なく選択するその姿勢は、世界を法の支配から力の支配へと押し進めている。

■軍事力行使の心理的・政治的ハードルを引き下げ

さらに懸念すべきは、超大国である米国が国際ルールを公然と形骸化させることで、世界各地の指導者たちが軍事力を行使する際の心理的・政治的なハードルを今後率先して下げることである。

法の支配が機能しない世界では、軍事力で優勢な国が自らの意思を強引に押し通すことが唯一の正解として正当化される恐れがある。外交による解決を信じられなくなった各国は、生存戦略として核武装を含む軍備拡張に奔走し、領土問題や資源争いを抱える諸国は大国の先例に倣って対話ではなく武力による現状変更を試みることも考えられる。価値観の共有に基づいた多国間協調は影を潜め、純粋な力の担保を求める利己的な同盟関係が優先される時代が到来している。

■「力こそが正義」という誤ったシグナル

イラン最高指導者の死は、中東の勢力図を塗り替えるだけでなく、世界中の指導者に対し「力こそが正義である」という誤ったシグナルを与えることが懸念される。我々は今、人類が長い年月をかけて築き上げてきた文明的な対話の時代を終わらせ、剥き出しの力による統治へと逆戻りしようとしている。

トランプ政権が掲げる「力による平和」の実態は、実のところ力による恐怖に他ならない。このまま国際社会が沈黙し、力の行使を黙認、放置し続けるならば、次にその犠牲になるのは他ならぬ我々自身かもしれない。文明の退行を食い止め、主権の尊重と国際法の尊厳を再構築するための時間は、もはや残り少なくなっている。

◆和田大樹(わだ・だいじゅ)CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長 専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。